この海岸の地域には、地元の方々が三々五々帰宅し、自宅の中や周辺の片付けをしていた。ライフラインの復旧が果たせていない上に、帰宅しても夜間の宿泊は禁止されている。通行証がなくとも自由に出入りが可能となったことで、窃盗犯の増加などに備えて貴重品を持ち出す家族の姿もあった。
そんな中で、老婆が一輪車で散らばった樹木の片付けを行っていた。声をかけようと歩み出した。だが、彼女は海岸線の先、崩れた堤防の方向に視線を固定させたままで、私には一切の注意を払わなかった。
津波によって破壊され尽くしたこの地域の復興に相当な時間を要するのは、他の被災地を見てきた私には容易に想像がついた。まして、低いとはいえ放射線量の問題もある。
だが、老婆は淡々と一輪車を押していた。
小高区から避難した人全てから聞いた言葉がもう一度、頭の中を駆け巡る
「もう一度、小高に帰る」――。
海岸に近いエリアを回っていると、波打ち際から1キロ程度の地点に船が乗り上げ、そのまま放置されていた。周囲をみると、住居の土台が津波によってえぐられたままになり、今にも倒壊しそうだった。
だが、その周囲には、痛ましい光景とは全く別の物があった。鯉のぼりだ。この家の住人が掲げたのだろうか。小高に帰る。強風を泳ぐ鯉のぼりに、地元の人々の強い意志を見た。
『相場英雄の時事日想・南相馬編』は全3回でお送りします。お楽しみに。
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