オーディオブック普及を狙う「朗読少女」――オトバンクの堅実戦略それゆけ!カナモリさん(2/3 ページ)

» 2013年07月30日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]

商売の王道はCRMにあり

 「取次・販売」においても、特筆すべき点は多い。

 同社の成長する力は、目先の利益を追うのではなく、顧客との関係性を徹底して構築した“我慢の時代”に培われたといえる。ともすれば、多数のユーザーにリーチしやすいというWebの特性から多数の新規顧客を追うことに目が行きがちなところを、既存顧客の利便性を高めて囲い込むことに注力したのである。

 当初、制作対象とするコンテンツは「大ヒットは見込めないが、しっかりとお金を落としてくださるお客がいる」ビジネス書や専門書に集中させた。小説などだと、登場人物によって朗読者を変えなければいけないというコスト面での事情もあったが、難しい本をずっとにらみ続けることが苦手と考えたり、時間を節約したいと考えたりする人にとって、これらを「聴くだけで“読める”」利益実感は大きかった。

 そして、顧客一人ひとりの行動を愚直に分析し、「これはAさんが欲しそうな本だ」「Bさんならこんなジャンルも好むかもしれない」とリアルに想像しながら1冊また1冊と販売コンテンツ数を増やしていった。想像の世界で御用聞きをするようなやり方で、着実に1人当たりのリピート回数を高めていったのである。

 聞けば、久保田社長の得意分野はサイトのユーザー履歴の分析であるという。学生時代、アイトラッキングなどWeb上のユーザー導線を心理学的アプローチなども用いながら設計する会社でインターンをした経験が、ここで非常に生きたようだ。顧客のログデータを個人単位、ページ単位で調べ上げ、定性的な仮説を定量的な分析で裏付け、サイト導線改修や、新コンテンツの企画に反映させていく。そうした蓄積から「当初持っていた、都会のビジネスパーソンが隙間時間に使う、というだけではなく、例えば地方都市の医師など富裕層が確実な固定客になるというような成功方程式も見えてきた」(久保田社長)のだという。

 そうした着実なやり方で100人、また100人とゆっくり顧客基盤を拡げていったのには、「紙の本の店舗並みの品ぞろえをいきなり作り出すのはリソース的に難しい」という事情ももちろんあった。「何かのきっかけでサービスがヒットしても、当時の自分たちの“書棚”は閉店間近のスーパーマーケットのようにガラガラな状態。新規顧客を一気に増やしても、かえって信頼を失い機会損失を出してしまう」(久保田社長)と考えたのだ。

 そのため焦らずじっくりと事業を進め、2007年末、1500〜2000人の顧客を確保したところでようやく、知名度の高い作品も扱うようになった。しかし、目標は常に「量より質」に置いていたという。驚くべきことに、顧客が目標の1万人に近づくまで、久保田社長は顧客の行動を一人ひとり分析し続けていたのだという。「絶対に買ってくれる1万人を作ろうと思った」と、久保田社長は深夜までデータをにらんだ当時を述懐する。

 「5:1の法則」と「5:25の法則」と呼ばれるものがある。前者は「新規顧客獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍かかる」ことを、後者は「顧客離れを5%改善すれば、最低でも利益が25%改善する」ということを意味している。いずれもリピート顧客確保の重要性を意味するCRM(Customer Relationship Management)の基本である。同社はその基本にどこまでも忠実に行動し、成長の軌道に乗ったといっていい。

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