――五月さんが同人誌を最初に作ったのは2010年の冬コミ(冬の回)ですね。動画から同人誌に移っていくきっかけは何だったのですか。
五月: 動画製作をやって、新しいことをしたいというのと、同人誌という本の形にするのは創作活動をしていく上で憧れだったからです。2010年の夏コミで、Twitterで知り合ったアキバ証券取引所というWebサイトを運営している友達が、同人誌を出したんです。アイドル育成ゲーム『THE IDOLM@STER』のキャラクターに株の話をさせるという内容で、その販売を手伝ったのが、初めてのコミケになりました。
そこでニコニコ動画を見たときと同じく、みんなが情熱を注いでモノを作る場所に参加したいと思い、「同人誌を作らないと」となったのです。会場で冬コミの申込書を買った時点で、同人誌の『東方粉飾劇』というタイトルだけは決まっていました。
――同人誌の意図としてはクソ株ランキングのように、上場企業でもひどいことが起こったりするということを伝えたいということですか。
五月: そうですね。商業出版でやろうとすると、こういう部数が稼げない本は出せませんし、「株で1億円もうける!」という話ばかりになるじゃないですか。
同人誌を作るなら、思い切り逆に張って「お金を失わないためにはどうすればいいか」「世の中にはこんなクソ企業がいっぱいある」という方向にしたら面白いだろうと思いました。企業の不正から身を守る内容であれば、誰でも確実に実践できます。それを自分が好きな『東方Project』に結びつけたら、ほかの誰も作らないような“変な本”になるだろうと思ったのです。
売れると思っていなくて、300部しか作らなかったのですが、会場でほとんどなくなりました。これはビックリしましたね。1年かけてなくなったらいい、くらいのつもりだったのですが。購入者の多くは友達でしたが、Webで見て来た人もそれなりにいたんでしょうね。人気同人ゲーム『東方Project』のキャラクターを使っているから買うという若い人も結構いました。年代は20〜30代が中心です。
――『東方Project』のキャラクターを使ったのはなぜですか。
五月: 日本には“投資は金もうけのためのギャンブルで、金もうけはよくないこと”という妙な固定観念がまん延しています。それを打破しようと、投資の社会的意義や役割を説明して株式投資を根付かせようする人もいますが、そうした方法が若い世代に響くかどうか疑問に思うところがありました。
僕がそうだったように、株との出会いは偶然によるところが多く、学校や会社で誰かが教えてくれるものではありません。そうなると、退職金などでまとまった資金を得た時になって初めて「どう運用しようか」と考えることになります。とりあえず始めて資産が増やせるほど甘くないのがこの世界で、大抵は悲劇を生みます。だから若い世代に対して、投資の魅力を伝えることが大事だと思いました。
それに投資は単純に面白いです。企業を応援する、社会貢献といった意義も重要ですが、もっとカジュアルに楽しんでいいと思っています。そして何より大きなチャンスを秘めている。僕の人生は株に出会ったことで大きく変わりました。その可能性をより多くの人に感じてもらう機会を提供することが、ある種の使命ではないかとも考えています。
意義を伝える人はほかにいるので、僕は若い人にシンプルに魅力を伝えたいと考え、『東方Project』というプラットフォームを借りたのです。創作、評論ジャンルで株の同人誌を置いてもなかなか売れないのが実情で、普通に堅い感じで出してもダメなんですよ。『東方Project』は権利的に使いやすく、キャラクターに何をやらせてもいい自由な世界観もあるので。
――次の同人誌『専業投資家 霧雨魔理沙』を出したのは2012年の夏コミですが、1年半ほど間が空いていますね。売れたのに、すぐに次を作らなかったのはなぜですか。
五月: 最初の本にネタを相当使ったので、もう評論では作れなくなったんです。どこかで見たことがあるようなものをやってもしょうがないし、2011年には東日本大震災もあったので株に集中していました。
落ち着いてから、久しぶりに同人誌を作ってみたいとなった時、話を作る人と絵を描く人が別々で、マンガを作るという『バクマン』というアニメをたまたま見たんです。『東方粉飾劇』も挿絵が入っていたり、1ページマンガが3つあったりするのですが、もっとちゃんとした形でやろうと。pixiv(絵描きに特化した画像投稿サイト)を毎日巡回していて、好きな作家さんも何人かいたので。自分が描きたいものを描いてもらうと面白いし、マンガ形式にチャレンジするのもいいかなということで、やってみました。
『専業投資家 霧雨魔理沙』は1000部刷って完売しました。ただこれは難しいネタもあって、無理に『東方Project』のキャラクターの性格や持ち味と組み合わせようとしたために、理解できる人が少なくなったという反省点もありましたが。
僕はイラストやデザインができないので、毎回さまざまなクリエイターとコラボして作っています。株を知らない人がほとんどですが、描いている人が内容を理解できていないと作品はいいものになりません。内容を伝えるのは簡単ではないですが、きちんと意思疎通を図って何度も修正を入れて仕上げています。今回はどのクリエイターと一緒にやろうかと悩むところから含めて、共同で制作する作業はほかでは味わえない充実感があります。
――『専業投資家 霧雨魔理沙』からはコミケに3回連続で出していますね。その次の『ウチの社長がダメなんです!』は4コママンガではなくストーリーマンガになりました。
五月: どうせやるなら新しいものを、という気持ちがあります。『ウチの社長がダメなんです!』はちゃんとしたマンガで1冊作ることにチャレンジしたのですが、つらかったです。テキストでシチュエーションを指定し、ラフを描いてもらって修正するという方法で進めるのですが、作家さんにとって他人の原稿をもとに1冊分の絵を描くことは大変なんです。最初は喜んで引き受けてくれるのですが、いざ描くとなるとテンションの維持が難しい。創作が仕事に変わるとまったく別ものになるんだなと。
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