客室は、車端部の優先席を増やす。従来は1車両の片側のみだった。E235系では各車両の両端に優先席を配置し、さらに片側には座席のないフリースペースを設ける。ここは車いすやベビーカーのための空間だ。また、座席数を減らして立ち客を多く乗せたいという意味もあるだろう。キャスター付きの大きな荷物を持つ人にも使いやすい空間である。ホームドアや優先席、フリースペースは社会状況の変化に対応した設計だ。
これに対して、E235系が新たに提案する部分もある。車内広告だ。E231系は中吊り広告を廃止し、荷棚の上部に液晶モニターを並べるという。これはかなり思い切った判断だ。列車単体で見れば、横並びの液晶モニターを使った大胆な動画広告にも使えるなど、表現力の向上が期待できる。また、テレビのスポット広告のように、複数の広告主でスペースを共有できるから、中吊り広告よりも掲載料の単価は安くできるかもしれない。もちろん紙代はいらなくなる。とはいえ、映像制作費もそれなりに原価はかかるから、制作費は単純に比較できない。
しかし、従来の中吊り広告を扱ってきた広告代理店には脅威となるだろう。電車の中吊り広告は列車単位ではなく、路線単位で販売される。山手線の全列車に対して5日間、あるいは7日間という単位だ。
また、「路線群」という契約もある。「山手線群」は山手線、常磐線、横須賀線総武線快速、つくばエクスプレスをセットにして、平日2日間、土日を含んで3日間の商品が販売される。このほかに「京浜東北線群」「中央線群」という契約がある。
E235系が導入され、まだ数本ほどに留まるうちは、「広告貸し切り電車」に似た扱いとして除外できるかもしれない。しかし、山手線の全車両がE235系に替わるとなると、「山手線群」の中吊り広告商品は成り立たなくなる。中心となる山手線がなくなってしまうから。これをどう処理するか、今後の施策が気になるところだ。
中吊り広告は鉄道の副収入の一つで、いわば聖域ともいえる営業領域だった。いままでの通勤電車は、どんなにデザインを変えても、中吊りスペースの場所は維持してきた。JR東日本はそこに手を入れた。これは広告業界にとっても転機だろう。
なぜJR東日本が中吊り広告廃止を決断したか。思い当たることはただ一つ。スマートフォンの普及だ。車内で周囲を見渡すと、誰もが下を向いてスマホの画面に見入っている。ときどきハッとドア上の液晶画面を見て、次の駅や運休情報を確認する程度だ。その続きで見る動画広告のほうが印象に残る。
つまり、中吊り広告の価値は下がりはじめている。JR東日本はそれを察知して先手を打ったといえそうだ。
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