秘めたるは“日本の魂” 「HTC J ISW13HT」の魅力とインパクトとは?:神尾寿のMobile+Views(2/2 ページ)
台湾HTCとKDDIが協力して生み出した日本市場向けのAndroidスマートフォン「HTC J」は、グローバルモデル「HTC One S」をベースに、日本に合わせたカスタマイズを施したモデルだ。実機に触れてみると、日本のケータイが作り上げてきた文化やノウハウがその中で存分に生かされていることが分かる。
使いやすさと実用性が抜群のカメラ機能
デザイン以外の部分も見てみよう。
冒頭でも述べたとおり、HTC Jは「カメラ」と「音楽」の2つの機能を強化しており、セールスポイントとしている。今回は時間の関係上で、カメラ機能を重点的に試してみた。
HTC Jのカメラは「AMAZING CAMERA」と名付けられており、有効約800万画素の裏面照射型CMOSを採用している。イメージセンサーの数字だけ見ると、iPhone 4Sなどと同等であまり新鮮味を感じないかもしれないが、HTCが特に注力したのはそこではない。他のスマートフォンのカメラ機能と違いが現れているのは、「レンズ」と「ソフトウェア」の部分である。
HTC JではF2.0まで対応したレンズモジュールを採用。5枚のレンズを用いて、被写体のゆがみを補正し、ブルーガラスで赤外線を吸収、フレアを防ぐといった本格的な光学系となっている。さらに画像処理系のチップも独自開発されており、オートフォーカス速度の向上や高感度撮影時のノイズ低減、色の偏りも防いでいる。これらの効用により、HTC Jのカメラは「明るくきれいに撮れる」「カメラ起動が速い」「すばやく撮影できる」といった実利用シーンで使いやすいものになっている。
そして、この実用的なカメラの性能をよりよく引き出しているのが、ソフトウェアである。HTC Jのカメラ機能はUIデザインがとても洗練されており、簡単な操作でもきれいな写真が撮れる。HDRや顔認識など、最新のデジタルカメラ専用機で多く採用されている機能に対応しているのはもちろん、グループ撮影時に、一緒に写る人たちの顔のうち、笑顔の数が最大、まばたきの数が最小という写真を合成する「グループショット」機能や、動画撮影をしながら、500万画素相当の写真も同時に撮影できる機能など、実際に使って便利な機能が多く用意されているのだ。
このカメラ機能の優秀さは、街に持ち出してみるとよく分かった。
まずは作例を見てほしいのだが、HTC Jのカメラは「どんよりとした曇り空の下」や「薄暗い室内」「夜景」などでもきれいに被写体を描ききっている。これらの写真はLEDフォトライトを一切使用せず、またカメラの標準設定のままオートで撮影したものだ。レンズとソフトウェアの優秀さにより、“カメラに詳しくない普通のユーザー”でも、難しいことをまったく考えずにきれいな写真が撮れるのだ。
また、HTC Jのカメラは起動時間が0.7秒、その後のオートフォーカスは最短0.2秒で行われるので、パッと取り出してすぐに写真が撮れる。そのためシャッターチャンスを逃さずにすむのも大きなメリットである。
もう1つ、HTC Jのカメラで特筆したいのが連続撮影である。これは画面上のシャッターボタンを長押しすることで行われるもの。最短0.2秒で撮影できるカメラ性能を生かして、まるで瞬きをするように高速連写撮影ができる。これも実際に試してみたが、子どもが駆け寄ってくる姿や芝生で側転していく様子が1コマずつぶれずに撮影されており、使ってとても楽しい機能だった。
連写撮影した写真はフォトギャラリー上では1つのグループとしてまとめて管理されており、あとから「最高の1枚」を選んで残りを自動的に消すこともできる。こうした細かい使い勝手まで考えられているところにも好感が持てる。
HTC Jのカメラは、カタログを賑わすようなスペックや機能をゴテゴテと詰めこむのではなく、実際の利用シーンで使いやすく実用的にするにはどうすればいいのか、としっかり考えられた上で作られている。筆者はこれまで多くのスマートフォンのカメラを試してきているが、その中でも随一の出来映えと感じた。カメラ機能を重視している人は、いちど試して損はないだろう。
良質な“ブレッド&バター スマートフォン”
カメラと音楽機能以外の部分では、HTC Jは基本性能が高い上にバランスがよく、“万人向けのスマートフォン”という顔を持つ。CPUは1.5GHzデュアルコアのQualcomm製「Snapdragon MSM8660A」であり、2012年2月のMWC以降、クアッドコアがハイエンドスマートフォンの証のようになった昨今ではカタログ上で高性能さを感じることはない。しかし実際に使ってみると、メールやWebブラウズといった基本機能から各種アプリの利用までストレスなく動き、UIデザインのよさも手伝って体感的な満足度は高い。CPU性能の差が、スマートフォンの決定的な差ではない。これはiPhoneが証明してきたとおりだが、HTC Jもまた“カタログスペック以上の満足感”を実現した端末となっている。
また、この日常粋での快適さ・満足感を支える要因の1つとなっているのが、同機がモバイルWiMAXを用いた「+WiMAX」に対応していることだろう。周知のとおりモバイルWiMAXは、LTEと同じくOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重方式)系の通信技術を用いた次世代のワイヤレスブロードバンドサービス。2012年に販売されるスマートフォンにおいて、OFDMA系のLTEもしくはモバイルWiMAXへの対応はもはや“必須条件”と言ってもいいが、HTC Jはこれにきちんと対応している。
実際に使ってみると、モバイルWiMAXの恩恵はとても大きい。通信を用いるあらゆるシーンが高速化され、テザリングを利用してPCやiPadをWi-Fi接続した時も快適だ。昨年発売された+WiMAX対応のスマートフォンの一部では、発熱がかなり気になるモデルもあったが、HTC Jでは顕著な発熱はまったく感じられなかった。発熱やバッテリー駆動時間への影響は、モバイルWiMAXやLTE対応のスマートフォンの中でも小さい部類に入る。
しかしその一方で、モバイルWiMAX利用時があまりに快適なため、「モバイルWiMAXが圏外」の状態になったときの落差はかなり大きい。HTC Jはauの3Gサービスにも対応しているため、モバイルWiMAXが圏外でもまったく通信ができなくなるわけではないが、その場合の実効通信速度はガクッと下がってしまう。
今回はファーストインプレッションのため厳密なエリアテストをしたわけではないが、モバイルWiMAXは建物内など屋内のエリアカバレッジが弱く、その点では使い勝手が悪かった。比較用にドコモのXi対応の「Galaxy Note SC-05D」も合わせて持ち歩いたが、東京都内や出張で足を運んだ九州・福岡の建物内では、「Xiはつながるが、モバイルWiMAXは圏外」というケースが多々あったことは事実だ。モバイルWiMAXの屋外エリアはXiなど他社のLTEサービスと同等以上なだけに、この“屋内エリアの弱さ”はとても残念でならない。モバイルWiMAXのエリア展開を担うKDDIグループのUQコミュニケーションズには、ぜひ真剣に屋内エリアの改善・拡大に取り組んでもらいたいと思う。
やや厳しいことも述べたが、モバイルWiMAXのインフラ部分を除けば、HTC Jの総合的な満足感は高い。欧州では優秀なベーシックカーのことを「ブレッド&バターカー」というが、その言い回しを借りれば、HTC Jはとても良質な「ブレッド&バター スマートフォン」である。カタログを飾るド派手な数字がなくても、いつも満足できる・安心できる。そんな仕上がりになっている。
HTC×KDDIが生みだした「和魂洋才の極み」
HTC Jの試作機をテストしていて、筆者がずっと感じていたことがある。それは同機の中に、この10年の間に日本のケータイが作り上げてきた文化やノウハウが存分に生かされている、ということだ。いわば、日本の魂がHTC Jには宿っている。これまで培われてきた日本のケータイがすなおにスマートフォンに進化した姿が、HTC Jにはある。
なぜ、台湾を出自とするグローバルメーカーのHTCに、それができたのか。理由は大きく2つある。
1つにはKDDIとのコラボレーションが成功したからだろう。HTC Jは、HTCのCEOであるピーター・チョウ氏とKDDI代表取締役社長の田中孝司氏のトップ会談で開発が決まった端末だ。すでに開発済みのグローバルモデル、HTC One Sをベースにしたとはいえ、ハードウェア/ソフトウェア両面で“日本向け”の大改修を実施。ここでKDDI側の開発チームが真摯に日本市場のニーズを伝え、HTC側は「謙虚(humble)な会社」(ピーター・チョウ氏)としてそれに応えていった。グローバルな製品プラットフォームを用いる強みを損なわず、そのローカライズにおいてキャリアが“優秀な水先案内人”の役割に徹する。これがHTC Jが「日本人にしっくりくる」端末に仕上がった大きな要因になっている。
そして、2つ目の要因として見逃せないのが、HTC日本法人であるHTC NIPPONの存在だ。HTCでは日本法人に“日本で携帯電話開発に関わってきた人材”を多数起用しており、彼らのノウハウを日本向けモデルはもとより、グローバルモデルの開発でも生かしている。例えば、現在HTC NIPPONの代表取締役社長を勤める村井良二氏は、10年以上ソニーで商品企画に携わり、後にソニー・エリクソン(現在のソニーモバイルコミュニケーションズ)で経験を積んだ人物だ。ほかにも、HTC NIPPON社内には、日本の携帯電話メーカーでの経験・実績がある優秀な人材が中堅幹部として転職している。
このような流れは、HTC NIPPONに限った話ではない。Samsung電子ジャパンやHuawei Japanにも日本の携帯電話メーカー出身者が多く移籍しており、彼らがグローバルメーカーの中で日本のケータイ文化・ノウハウを広げるべく奮闘している。彼らはグローバル本社との摩擦を感じつつも、“日本のこれまでの10年”のよいエッセンスをスマートフォン時代に紡いでいくために戦っているのだ。HTC Jのケースは、HTCとKDDIのコラボレーションが成功した結果、HTC NIPPONの人材がうまく活躍した例と言えるだろう。
誤解を恐れずに言えば、日本のメーカーは世界的なスマートフォン市場の競争で苦境に立たされている。製品的にも、経営的にも、だ。ナショナリズム的な観点では、日本メーカーが不死鳥のように復活して世界に羽ばたき、グローバルメーカーとして活躍できることが理想だが、選択肢はそれ1つとは限らない。重要なのは、これまでの技術やノウハウが新たな時代に適合・進化して生き残ることであり、ユーザーが慣れ親しんだ文化が断絶せずに継承されることだ。そう考えると、キャリアとグローバルメーカーのコラボレーションで、日本の魂を持つ次世代のスマートフォンを作っていく、というのは十分に価値のあることだろう。
筆者はHTC Jに和魂洋才の極みを見つけ、“日本のこれまでの10年が無駄にはならない”という未来への希望を感じた。1つのスマートフォンとして見ても、グローバルのよさと日本市場のニーズに高度に最適化されたHTC Jはとても魅力的な端末だ。その真価について、ぜひ実機を手にして試してもらいたいと思う。
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