12月18日に開かれた、文化庁長官の諮問機関・文化審議会著作権分科会の「私的録音録画小委員会」の第15回会合で、私的録音録画補償金について抜本的に見直すためのアイデアを文化庁が示した。「コンテンツの複製回数を、DRMによって完全にコントロールできれば、補償金は不要になる」という前提に立ち、「DRMが普及し、補償金のない未来」の可能性について示した案で、委員の多くはこの方向性に賛同した。
そもそも、私的録音録画補償金はなぜ必要とされてきたのだろうか。補償金制度は、楽曲をデジタルコピーできるMDが普及し始めた時期・1992年に導入されたもので、著作物の「私的使用」について定めた著作権法30条2項に記載がある。
制度の導入の前提は、「複製機器が普及し、メディアのデジタル化が進んで、個人的な複製(家庭内での録音・録画など『私的使用』)が大量に行われるようになった。その複製により、映像・音楽の権利者に損害が出ている」というもの。その上で「私的使用による損害を補償する必要がある」とし、MDやCD-R、DVDレコーダーなど複製に使用される機器・メディアから、一定割合の補償金を徴収している。
文化庁の川瀬真・著作物流通推進室長は「補償金はあくまで、暫定的で『中2階的』な制度だった」とする。制定当時はネットを通じてコンテンツの複製を管理する――といった技術もなく、権利者はコンテンツが「無劣化」でコピーされる回数について予見できなかった。
このため「すべての音楽・映像著作物は『私的使用』の範囲である程度コピーされ、それによって損害が出るだろう」というのが前提。個別コンテンツの差を無視し、いわば“どんぶり勘定”で徴収・分配してきたのが補償金だ。
これまで小委員会では「補償金制度は必要。さらに拡大すべき」という権利者サイドの意見と、「DRMがあれば補償金は不要」とする電子情報技術産業協会(JEITA)や一般ユーザーの意見がしばしば対立してきた。この2つの意見をまとめ、「DRMが普及すれば補償金は廃止してもいいのでは」という1つの落としどころを見せたのが、文化庁が今回提示した案だ。
その骨子は「技術的保護手段(DRM)が普及した20XX年には、補償金制度それ自体を廃止できるのでは」というもの。「これはあくまで案であり、理想像を示したものではない。今後の議論で変わっていくし、補償金を残すという選択肢もあり得る」(川瀬室長)としながらも、30条そのものの廃止を含めて提案している。
まず「DRM付きコンテンツで、私的複製が可能な場合は、権利者とユーザー間で複製回数について契約が成立しており、権利者は複製を許諾している」という前提を提示。複製について別途料金を徴収するかどうかについても、権利者と利用者間の契約によって決めればいいとし、その場合は補償金が不要になる可能性がある――とする。
例えば、あるレコード会社がDRMで「コピーは3回まで」と制限し、300円で音楽ファイルを売っていたとしよう。「コピー(私的複製)3回までOK」と思うユーザーは、音楽ファイルをダウンロード購入する、という形でレコード会社と売買契約を結ぶ。つまり「3回までの複製は300円」と、私的複製を前提に対価が決められ、契約が成立することになる。
または「コピー禁止で100円だが、追加料金50円を払えばもう1回コピーできる」という契約や、「コピーフリーで対価も不要」という契約も設定できる。
現行の補償金制度は、DRMの有無や、各権利者の意向に関わらず、どんなコンテンツに対しても一律で支払うが、DRMでコピー回数をコントロールし、補償金をなくしてしまえば、個別コンテンツごとに権利者への対価を保証しながら、「完全無料モデル」も含めたより自由な配信が可能になる。
ただ文化庁は「技術やビジネスの動向は大きく変化し、予見が難しい」などとし、提示した「未来」のスパンを「20XX年」までと、今年から92年後までという長さで設定している。
津田大介委員(IT・音楽ジャーナリスト)は「この提案によって議論が中2階から2階に向かう」と評価しながらも、「DRMも補償金も両方、という世界はないだろう。(1)DRMと契約でガチガチにするか、(2)補償金を残すかの二者択一になる」とくぎを刺す。
「全コンテンツがオンライン化するという前提なら(1)も可能だろうが、(DRMをかけられない)レガシーな機器の寿命は長い。また、DRMが破られ、機器メーカーがそれに対応して――といういたちごっこの現状もあり、例えば先日も『フリーオ』という、地上デジタル放送のDRMを破る機器が話題になった。こういった議論は、全コンテンツにDRMがかけられるようになった時点でしたほうがいいのでは」(津田委員)
主婦連合会の河村真紀子委員は「補償金がなくなる=30条(で定められた、自由に私的使用できる範囲)がなくなるという交換条件ではないと考えたい」と話す。
「(一部の権利者が主張するように)1度でもコピーができれば補償金が必要となれば、消費者にとって幸せとは言えない。30条で私的録音録画ができる状況を担保しながら『補償金を支払うのが嫌なら、補償不要な契約を選ぶ』などといった選択肢があるといい。そうなれば、権利者も真剣に、どちらが得か考えるようになるだろう」(河村委員)
椎名和夫委員(実演家著作隣接権センター)は「これまでの長い議論が先に進むという意味で評価する」としながらも、「今度DRMがどうなっていき、どんな契約形態が出るかも分からない。30条による補償の必要性がなくなる可能性も踏まえながら、選択の余地を残しておいたほうがいい」などとし、補償金制度の維持も含めた中間的な解決を提案する。
川瀬室長はこうした意見に対して「どういったDRMがいいかは市場が決め、リーズナブル(合理的)なDRMが流通するだろう。CCCDが市場に受け入れられなかったように、消費者が受け入れない技術は普及しない。(補償金制度をなくして契約モデルに一本化すれば)複製に対する対価を一切徴収せずフリーで流すという選択肢もある。消費者が一方的に不自由な世界にはならないだろう」と説明。「この提案はあくまで“仮置き”で、他の可能性もありえる」と何度もくぎを刺した。
著作物の私的複製を契約モデルで解決し、補償金を廃止する――これは電子情報技術産業協会(JEITA)が長く主張してきた内容と合っており、JEITAの亀井正博委員は提案を「合理的」と高く評価する。
JEITAは補償金制度と、地上デジタル放送の「ダビング10」をめぐり、小委員会の“外”で権利者側と対立していた。権利者側は、コピーワンス緩和には補償金制度が必須とし、「ダビング10」の合意にも補償金制度の継続は含まれているという立場。だが合意後、JEITAは「DRMがあれば補償金は不要」とする意見を表明したため権利者側が不信感を募らせ、公開質問状で「コピーワンス緩和の合意を破棄するのか」とただした。
期限の12月7日までにJEITAは回答せず、12日なって権利者側にJEITAから、「18日の小委員会で回答する」という内容の書面が送付されていた(関連記事参照)。
亀井委員は委員会の最後、これについて発言し、「JEITAは、地上デジタル放送と補償金の関係について、『EPN(Encryption Plus Non-assertion:対応機器なら自由にコピーできるDRM)で解決すべき』という主張を以前からしており、DRMがあれば補償金は不要という主張は変えていない。その上で、ダビング10も支持し、機器の設計や宣伝にも着手している」と述べた。
また、意見が対立した背景には、今年8月に公表された総務省の情報通信審議会の第4次中間答申にある「ダビング10の導入を促しつつ、コピーワンス緩和の前提として『コンテンツの適切な保護』『クリエイターが適正な対価を得られる環境の実現』について配慮する」という文言について、双方の解釈の違いがあったと指摘する。
「クリエイターが適正な対価を得られる環境の実現は、補償金によらずとも可能になると、JEITAは考えている。(権利者側はクリエイターの対価=補償金ととらえているが)そこが理解いただけないのは残念だ」(亀井委員)
また権利者側は「JEITAの知財・法務部が、他部門や、トップの意思に反して“暴走”しているのでは」という見方まで語っていたが、亀井委員は「個人としてではなく、JEITA会長以下共通の意見」と言明した。
年内の小委員会あと1回、12月27日のみだが、川瀬室長は「今回新しい枠組みを提示した。各委員の所属する団体などでも改めて意見を集約する時間が必要だろう」とし、27日の回は中止する可能性があると話す。
年明けは1月17日と1月23日が予定されており、今期の委員会はこの2回で終了。その後、2月4日に開かれる予定の文化審議会著作権分科会でこれまでの検討結果を報告することになる。川瀬室長は「今期中に結論は出ないかもしれない」とし、来期も委員会を続ける可能性を示唆した。
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