(1)「音の同人だった」――「初音ミク」生んだクリプトンの軌跡
(2)「初音ミク」ができるまで
(4)JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験”
最初に作った1000本は、1週間で売り切れた。緊急増産――クリプトン・フューチャー・メディアのスタッフは休みを返上し、札幌のオフィスで「初音ミク」のパッケージングに追われた。
平均200〜300本、年間1000本売れれば大ヒットとされるバーチャルインストゥルメント(仮想楽器)市場。1週間に1000本は、ありえない数だった。
想像を超えた現実が、始まろうとしていた。
初音ミクは発売から半年で、3万本を売り上げた。歌うソフトという技術の先進性に反応した人、ミクのキャラクターに“萌え”たアニメファン、DTMからしばらく離れていた“復帰組”――それぞれがそれぞれの理由で初音ミクを手に取り、自分の歌を歌わせ、「ニコニコ動画」に投稿し、無数の聴き手が聴き入って、コメントで盛り上げた。
質の高い楽曲が何万回、何十万回と再生され、ヒットソングが一夜にして誕生する。初めて作ったつたない曲が、見知らぬ誰かの目に止まり、時に強く心を打つ。コメントに励まされた作家が、また新しい曲を作って発表し、聴き手を喜ばせる。
曲だけではなかった。ミクのイラストを描いて発表する人、イラストを動かしてアニメにし、楽曲と合わせて公開する人、3D映像を作り、ゲームのように動かす人、同人誌やフィギュアを作る人――全方位の創作が高速回転し、広さと深さを増していった(関連記事:DTMブーム再来!? 「初音ミク」が掘り起こす“名なしの才能”)。
「こんなことが世の中に起きていること自体、奇跡だと思った」――同社の伊藤博之社長は言う。「みんなで作って公開するというムーブメント自体が、ありえないほどすばらしく、可能性に満ちている」
ミクの曲がニコニコ動画に投稿されるだろう。そこまでは実は、予想をしていた。先代の歌うソフト「MEIKO」でも、同じことが起きていたから。だがイラストやアニメなど音楽以外の作品が出てくることはまったくの予想外。「2次創作の同人文化も知らなかったし、本当に驚いた」(伊藤社長)
ミクの公式イラスト3枚は、当初からダウンロード公開していた。「動画サイトで曲を投稿する際の背景に使ってもらおう」という考えで、飽きないようにと月に数枚、追加していく予定だった。だが「それを忘れるくらいの勢いで、イラストが描かれていった」(伊藤さん)。
公式では考えられない「ミク像」もできていった。ミクのデフォルメキャラ「はちゅねミク」の登場、「ネギを持っている」という設定――ネットの誰かによって作られた新しいイメージがみんなに受け入れられて急速に広がり、それを起点にまた、創作の連鎖が起きる。
「はちゅねミクは、いい意味で初音ミクのイメージをぶち壊してくれた」と初音ミクの企画を担当した同社の佐々木渉さんは話す。「『創作ツールとしての初音ミクは何でもアリだと直感してもらえただろう。可能性が思いっきり拡散して、本当に良かった」
「ミク楽曲には何か共通の色が付いている。『初音ミク』自体が1つの音楽ジャンルのようだ」と伊藤社長は言う。ミクの透明感ある声と、人と機械の間に立つ「ボーカロイド」、16歳という年齢。この設定が、無数にあるミク楽曲に一定の方向性と一種の安心感を与えている。
多いのは恋の歌。作り手の思い出やあこがれが載った歌に聞き手が共感し、コメントで反応する。無名の作り手と受け手の間で、思いがつながる。「ミクで創られる楽曲はリアルだ」と佐々木さんは話す。
「有名人ではなく、地下鉄で隣に座っているような人が、自分の恋愛など柔らかい部分をストーリーにつむいでいて、すごくリアリティがある。プロが『うまくもうけよう』とか『次のシングルはこうしないと』と意図するような世界とは関係なく生み出される、プリミティブなものを感じる」(佐々木さん)
一般のCDなどと異なり、ミク作品は作ってすぐにアップでき、その直後から評価が寄せられる。ニコニコ動画ならではの速度で、作り手と受け手を、半リアルタイムでつなげていく。「完成から時間が経過していない、思いが込められたコンテンツは、たとえ荒削りでも、じかに気持ちを感じられる気がする。この“気がする”がすごく重要だと思う」(佐々木さん)
ニコニコ動画で起きている音楽、イラスト、映像の多角的な創造に感銘を受けつつも、伊藤社長は違和感を覚えていた。「この絵や音楽って、どこから持ってきてるのかな、使った人にお礼言ってるのかな、許諾を取ってるのかな、黙って使ってるのかな――と。『ニコニコだから何をされても仕方ない』という空気が当たり前になるのは、健全な感じがしない」(伊藤社長)
自作の音楽やイラストやアニメ。誰かに利用してもらえるのはうれしいだろう。だが、無断・無記名で使われたり勝手に改変されたりすれば、腹が立つ人もいるはず。無断利用が当たり前のニコニコはどこかグレーで、作品が大手を振って“外”に出られないという雰囲気を感じていた。
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