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「日本のコンテンツ、ネットのせいで沈む」とホリプロ社長(1/2 ページ)

» 2008年03月26日 13時03分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 「ネットの時代が来るとクリエイターもコンテンツホルダーもハッピーになれると言われた。だがそんな経験は1度もない」――ホリプロの堀義貴社長は、3月25日に開かれた、日本音楽著作権協会(JASRAC)が主催したシンポジウム「動画共有サイトに代表される新たな流通と著作権」でこう話した。

画像 左から中央大学の安念潤司教授、ドワンゴの川上量生会長、慶応義塾大学の岸博幸教授、立教大学の砂川浩慶准教授、ホリプロの堀義貴社長、JASRACの菅原瑞夫常務理事

 「コンテンツ立国」が叫ばれ、テレビのコンテンツのネット流通を推進すべきという圧力が、ネット業界や経済界からテレビコンテンツホルダーにかかっている。

 だがコンテンツホルダーとしては「テレビ番組をネットに出してもメリットがない」というのが本音。堀社長は「ネット事業者は、作ったインフラにのせるものがないから、テレビ番組が欲しいだけだろう」と批判。「コンテンツが欲しいなら、ネット事業者はペイするビジネスを提案すべき」と訴える。

 シンポジウムには、パネリストとしてドワンゴの川上量生会長や慶応義塾大学の岸博幸教授、立教大学の砂川浩慶准教授、JASRACの菅原瑞夫常務理事も参加。モデレーターの中央大学の安念潤司教授の進行で、それぞれの立場で意見を述べた。

なぜ「コンテンツ立国」なのか

 テレビコンテンツをネットに――という要請は、経済界やIT業界から根強く、政府も「コンテンツ立国」を目指してネット上での著作物の流通を推進しようと動いている。先日も、著作権者の権利を制限して過去のコンテンツをネット配信しやすくする「ネット法」を作ろうという提案があるなど、著作者の権利を一定程度制限した上で流通を促進し、ネットンテンツからの収益を拡大しようという議論が活発だ。

 その背景には「経済大国の地位を失いつつある日本が、今後10年の存在価値を付けていくために、ソフトパワーをいかしたい」という意図があると、小泉政権時代に竹中平蔵経済財政政策担当大臣(当時)の秘書官を務めた岸さんは言う。

 コンテンツ産業を何兆円に――という威勢のいい記事が新聞に載る。だがそれは本当に現実を見た上での議論なのか。「政府の無責任な議論にメディアが乗り、みんなが踊らされている」(岸さん)

 「地デジで200兆円分の経済効果という話もあったが、本当にそうなったのか“決算”がない。役人は予算取りのためにマスメディアに情報をリークし、アドバルーンを打ち上げるだけ」と砂川さんも批判する。

 ネットビジネスは確かに、成長産業ではある。ネットの広告費は年々伸び続け、昨年は雑誌を抜いてテレビ、新聞に次ぐ3位の規模になった。

 「だがそれは、ラジオなど他メディアの広告費がネットにいっただけ。ゼロサムゲームだ」と、堀さんは指摘する。

このままでは「エンターテインメントが沈む」

画像 「WIPO(世界知的所有権機関)でも『著作権者の権利を制限をしよう』と言ってるのは発展途上国だけ。英米は権利を守ろうと言っている」と堀さん

 「NTTは1000億をかけてブロードバンドに投資し、『おたくのコンテンツをタダでください』と言ってくる。だがそれでは、絶対にうまくいかない」

 ネットでテレビ番組が流通すると、ユーザーの利便性が高まり、クリエイターやコンテンツホルダーの仕事も増える――そんなロジックでコンテンツホルダーは、番組の開放を求めらる。だが「消費者の利便性を高めるという名の下に一過性の感情で走ると、必ずこの国のエンターテインメントは沈む」と堀さんは言う。

 こういったロジックは過去、新メディアが誕生するたびに繰り返されてきたという。「BSやCSができたときや、キャプテンシステムや音声多重放送など、新メディアが出てくるたび、『クリエイターの仕事が増えて引く手あまたになると言われたが、過去1回も、そんな経験はない」(堀さん)

 消費者の好みが変わってきているのに、ネット事業者がひたすら安価にコンテンツを要求するという姿勢も間違っていると批判する。「薄利多売で売ってきたスーパーが、プライベートブランドで独自色を出す本当の『小売り』になってきている。流通だけじゃダメな時代なのに、流通させればみんながもうかるという幻想を抱かせているのが問題だ」(堀さん)

昔のテレビ視聴者は大人だった

 堀さんは「コンテンツのデフレスパイラルが起きている」と指摘する。「例えばテレビの場合、設備投資が増した分、制作費が落ち、番組は横並びになる。しかしスポンサーは数字(視聴率)を求めるから、“分かりにくい番組”が淘汰される。分かりやすく作るからつまらなくなる」

 「結果、ニュース番組なのに、肝心のニュースは少しだけで、メインは芸能ニュースやラーメンの情報と、という構成になる。それを見ている消費者団体は『もっといいもの流せ』という。完全なデフレスパイラルだ」(堀さん)

 昔のテレビの視聴者は「今より大人だった」と堀さんは言う。「ぼくらが子供のころは、テレビには嘘が混じっていると分かっていた。でないと『川口探険隊』なんか見られない。内容が真実かどうかは分かっていて、それがどれくらい面白いかが大事だった」(堀さん)

 すかさず安念さんが「わたしは、空手チョップで血が流れるのは本当だと思っていた」と突っ込むと、堀さんは「でも、世界タイトルマッチの時、宿敵同士とされていたジャイアント馬場とデストロイヤーは、仲良くキャッチボールをしていた。そういうものだ」と返す。

 「昔の視聴者は大人だったが、今は見たままを信じる。作る方も見る方も思慮深くなくなってきている。その結果、お客さんに分かりやすい番組にしようとなり、テレビがつまらなくなった。ゴールデンタイムの視聴者は、年齢層が高くなっている」(堀さん)

 加えて、消費者はテレビやネットを誤解していると指摘する。「テレビのモニターとPCのモニターを同じだと勘違いし、『テレビで無料で流せるものがなぜネットにも出せないのか』と言ってくる。しかしテレビは無料ではない。スポンサーがCMを流す時間を買っているのだ」(堀さん)

 「2001年に『Net-TV』というグラビアアイドルの有料コンテンツをやったが、すでに撤退した。消費者はいいものが見たいのではない。無料コンテンツが欲しいだけだ」(堀さん)

「夢がない」と人材が辞めていく

 少ない予算で視聴率が取れる番組制作が求められるというデフレスパイラル下で、テレビ業界から人材が離れているという。

 「『こんな夢のない現場はない』と映像を作る人間もどんどん減っている。面白いから作る、というのがこれまでのテレビマンだったが、今のテレビ局は単なる就職先の1つで、きつければ辞めていく。人生を変えた番組も少なくなっているだろう」(堀さん)

画像 砂川さん

 砂川さんによると、放送局の総社員数はピーク時は2万8000人いたが、今は約2万6000人に減っているという。「少人数採用で(面白いコンテンツを作る)“変な人”が取れなくなっている上、“汗をかく”職業は学生に忌避されるため、厳しく育てる環境もなくなっている」(砂川さん)

 堀さんは憤る。「そんな中にあって、コンテンツが流通すれば知財立国で5兆円プラス、などと言っている。でもいったいどこに流すんですか、と。経産省は知財立国のためにネットにコンテンツを流そうと言っているが、飽和しきった日本の市場では、パイを食い合うだけ。ネット上にテレビ番組が流れて一番困るのは放送事業者だ。地方局の財政は厳しく、ラジオの広告費は壊滅的。減ったマスメディア広告がネットに流れているだけ」

 役人は日本のコンテンツの調査も行っておらず、本当のニーズが分かっていないとも指摘する。「例えば、日本のドラマは1クールが短すぎ、海外では売れない。経産省の役人は『ハリウッドに日本文化を売りたい』と言うがそれは無理。ハリウッド映画の日本人役はアジア人であればよく、アジア人枠は1枠しかない。だが、日本のビジュアルバンドはウケていて、全米ツアーしているバンドもある。そういったマーケティングをなぜ、しないのか」

権利制限は「職業選択の自由に反する」

 堀さんは、ネット上にテレビ番組を円滑に流せるよう、権利者の権利を一部制限する「ネット法」のような動きも「職業選択の自由に反している」と批判する。

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