ヤマハが6月8日に発表したVOCALOID3は、2007年に発表されたVOCALOID2にさまざまな改良が加えられ、製品の形態も大きく変わった。発表の夜に秋葉原で開催された「今宵VOCALOIDに何かが起こるぞ〜秘密のPARTY』 で「VOCALOIDの父」ヤマハ・剣持秀紀氏、「ぼかりす」の産総研・後藤真孝氏に話を聞けたので情報を補完しておこう。
VOCALOID3はVOCALOID2と同じくWindowsのみでの提供となる。以前剣持氏にMac版の話を聞いたときには「まずはVOCALOIDのコードを安定させないとMac版に踏み出すことができない」と説明していたが、今回も基本的には同じ。ただし、Macと同じ開発環境Xcodeで作られているiPad向けiVOCALOID-VY1、iPhone向けVocaloWitterという2つの製品が既に存在する。この時点でVOCALOIDエンジンのMacへの移植は済んでいると言える。
実際、iVOCALOIDの仕様は、VOCALOID3の各音声ライブラリにバンドルされる簡易型エディタ「Tiny VOCALOID3 Editor」に近い。トラック数が1個であり、エフェクターとしてリバーブが標準搭載。最大使用可能な小節数が17までといったところがそうだ。
Mac版VOCALOID3 Editorのフルの実装が難しいのならば、とりあえずこのTiny VOCALOID EditorをMacに実装すればどうだろうか? そして現時点でMacユーザーにとっては生命線となっている、WindowsなしでもWindowsアプリを走らせることが可能になるCrossOver Macを使ったVOCALOID3の動作確認もお願いしておいた。さて、9月末のVOCALOID3発売の時点でなんらかの対応は期待できるだろうか?
Mac版の対応時期について、剣持氏から明確な回答は得られなかったが、「Tiny VOCALOID Editorに近いものは作りやすいだろう」「VOCALOID3エンジンの移植はまだだが、iOS含め、難しいということはない」そうだ。
VOCALOID3 Editorをまず完成させたいという姿勢は理解できる。初音ミクの大ヒットで従来のDTMユーザーの枠を大きく超える本数が販売されたものの、その利用にはCubase、SONAR、Singer Song Writerなど高価なDAW(MIDIとオーディオを扱える編集ソフト)が必要で、その中には「たんすの肥やしになっていたものもあるのでは」と剣持氏。「買ったはいいが、Cubase必要なのかよ」とがっかりされることもあるという。VOCALOIDは単体では成立しない製品だったのだ。
VOCALOID3 Editorならば、オーディオデータを取り込み、VOCALOIDの歌声をバッキング演奏と合わせたり、VSTプラグインでリバーブやコンプレッサなど、さまざまなエフェクトをかけたりすることもできる。完成されたオケさえあれば、それを入手して、自分のVOCALOIDで歌入れをするという楽しみが生まれる。
ヤマハや、Singer Song Writerを販売するインターネットが提供しているMIDI、カラオケデータの販売サービスと組み合わせれば、お手軽なVOCALOID楽曲制作が可能になる。こうしたデータを組み合わせたさまざまなビジネス展開も可能になるはずだ。
このフル機能VOCALOID3 EditorがMacユーザーにも使えるよう、NETDUETTOをMac対応にしてくれたヤマハの技術力に期待したい。
VOCALOID3 Editorでは、サードパーティ製のさまざまなソフトウェアとの連動が可能になっている。1つがエフェクタープラグインを使えるVST Host。もう1つが「VOCALOID Job Plugin」だ。音符やコントロールパラメータなどの楽曲内部のデータに、外部モジュールからアクセスして変更することができる。
VOCALOIDの歌声編集のためにさまざまな機能を望む声が上がっているが、その全てを盛り込むとユーザーインタフェースが破綻しかねない。既に機能過多とも言えるVOCALOID Editorにさらに機能を追加し、かつ使いやすさも向上させるためにはプラグイン形式の導入が自然なのだろう。
ボカロPに愛用されているVOCALOID Editor拡張プログラムである「はちゅねのないしょ」や、別の歌声合成ソフトであるUTAUでは、既にさまざまなプラグインが開発され、利用されている。「VOCALOID Job Plugin」もその流れに沿うものだ。
ヤマハからはいくつかのプラグインが提供される予定だが、その最大の目玉は「ぼかりす」。産業技術総合研究所の後藤真孝、中野倫靖両氏の開発によるVocaListener技術だ。
VocaListener、略称「ぼかりす」についてはこれまで何回か取り上げてきた。2008年4月28日に、その素性を隠してニコニコ動画に投稿された、「【初音ミク】 PROLOGUE 【ぼかりす】」が神調教と大きな評判を呼び、それが産総研の技術だと判明。1年後の2009年4月27日にはヤマハと産総研が共同で実用化に取り組んでいることが発表された。
この時は、実機で処理を行う本来のぼかりすではなく、サーバにデータを投げて処理させる、ネット経由の「Netぼかりす」をヤマハが開発するというものだった。実際にこのα版を使ってみた記事も書いた。
その後、Netぼかりすは徐々に完成度を上げていくものの、一般公開はされなかった。ヤマハ製VOCALOIDのVY2にバンドルされるという話もあったが、実際には提供されなかった。
今なら、それがVOCALOID3 Editorで「ぼかりす」が利用できるようになるから、というのが分かる。機能的にはサブセットとなるNetぼかりすではなく、フルセットに近い、ローカルで処理・操作を行うオリジナル「ぼかりす」が実装されるのだ。
ヤマハY2 Projectの大島治氏によれば、Job Pluginで利用可能になるぼかりすは、「本家VocaListnerが持っている可能性を徹底的に生かしたものになる」という。「今回のVOCALOID3のタイミングで、プラグインといういい形で出ることになってうれしい」と後藤氏。
ぼかりすに関する情報は産総研からヤマハに既に渡っており、その実装をヤマハ側でやっているという状態。ぼかりすの歌声表情付けをさらに拡張する「ぼかりす2」など、産総研サイドでの研究はさらに進んでいる。「最初にでるぼかりすのプラグインは必要最小限の内容で出るかもしれないが、ユーザーの声がヤマハに届き、突き動かすことになれば」という後藤氏の期待に大島氏はJob Pluginの進化を約束。
なお、Job Plugin版ぼかりすは、VOCALOID3 EditorのVOCALOIDピアノロールの中で編集するわけではなく、中から起動して使う、別アプリのように見えるそうだ。オリジナルのぼかりすにあった、オリジナル音声と比較しながらの合成はどうかと聞くと、「がんばります。期待されることには極力応えていきたい」と大島氏。英語入力への対応については、「間に合うかなあ。検討します」。
1万円前後と言われるVOCALOID3 Editor内で提供されるぼかりすプラグインはオプションで、有料になる見込み。価格はまだ決めかねているようだ。
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