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人類クマムシ化計画──「むきゅーん」な「クマムシさん」に込められた壮大なる思い(2/2 ページ)

» 2012年10月19日 11時20分 公開
[榊原有希,ITmedia]
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ポスドク問題

photo クマムシさんのぬいぐるみ(逆さま)=クマムシさん日記より

 もうひとつ、目的がある。近年、騒がれているポスドク問題。博士号を取得しても、大学や研究機関でポストが足りず、就職できない博士が社会問題化している。「研究者って、研究しながら生きていくのが大変なんです。ポスドク問題、博士漂流問題と言われているように、博士号を取っても食べていけない。2年ぐらいで研究室を追い出されます。国の予算や大学の状況で、ポジションない、予算がないと言われてしまう。だったら、(ネットで支援を募る)クラウドファウンディングに近い形で、自分たちがコンテンツを提供して、その見返りとして研究費がもらえるような自立システムを作りたいと思いました」

 堀川さん自身、1、2年単位任期でこれまで研究してきた。どれだけ業績があっても、いつ研究できなくなるかわからない身の上だという。そこで堀川さんは、クマムシさんのぬいぐるみの商品化を企画中だ。8月に試作品30体を抽選販売したところ、3千円という決して安価ではないにも関わらず、600人以上から注文が殺到した。

 「女性だけでなく、3割ぐらいが男性からの注文でした。9割の方が、『いつも癒されてます、ありがとう』、みたいな熱いメッセージを書いてくれました。ご家族でクマムシさんを楽しまれている方もいらっしゃったみたいです」と予想以上の反響に手応えを感じている。現在、製作してくれるメーカーと交渉中で、早ければ12月にも発売できそうだという。

 さらに、堀川さんは今年4月から週刊で、メルマガ「むしマガ」の配信を始めた。クマムシを中心に、科学的な話題を独自の視点で書いている。「もともと、面白そうだなと思っていて、メルマガに興味がありました。月額840円ですが、このジャンルのメルマガにしては、けっこう読んで頂いてる(笑)。クマムシだけでなく、科学ネタをもうちょっと掘り下げて、一般の人にも届くようなメディアになればいいなと思っています」

 研究を続けるため、クマムシのゆるキャラに有料メルマガと、堀川さんは積極的にネットを活用している。「こうして研究費が稼げるようになれば、後進の研究者や学生達の道も開けてくるでしょう。そんな最初の例として、長期的なスパンで続けたいと考えています。もっとも、今年のメルマガの収益は研究ではなく、全額を福島の子どもたちのクリスマスプレゼントに使う予定ですが」

「人類クマムシ化計画」

photo これがクマムシ=撮影:堀川大樹・行弘文子
photo 撮影:堀川大樹・行弘文子

 ネットで人気が上昇中のクマムシだが、実はその研究者は多くない。国内でもプロフェッショナルのクマムシ研究者は5人ほどとのこと。「クマムシは人間の役にも立たなければ、害にもならないということ。小さ過ぎて観察しづらいし、生態もよくわかっていない。僕もヨコヅナクマムシがクロレラを食べることを発見して飼育に成功しましたが、彼らが野外で何を食べているかはわからない。そういう生物は、研究対象になりづらいのです」

 しかし、クマムシには「地球最強」と呼ばれるだけの驚くべき秘密がある。「乾眠」だ。周囲が乾燥すると樽のように変形し、代謝を止めて仮死状態となる。そのまま何年間も生存することが可能で、水分を与えれば、再び活動を始める。「僕たちの祖先の動物は、海から陸に上がったとき、体表で体内の水分を保護しました。しかし、クマムシは『乾いても死ななきゃいい』と思ったのか、しゅぷるしゅぷると水分が抜け、雨が降れば生き返るという適応の仕方をとった。そのメカニズムが、放射線や凍結といった過酷な環境にも耐えられる秘密なのではないか思っています」

 もしも、人間がクマムシのように「乾眠」することができれば、誰もが末永く幸せに暮らせる世界が実現するかもしれない。「最終的な目的はそこなんです。“人類クマムシ化計画”。大切な人を乾眠させることができれば」と堀川さん。その野望は始まったばかりだ。

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