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» 2012年11月22日 16時44分 公開

部屋とディスプレイとわたし:菊ねえちゃん論──「リンかけ」と「星矢」と女性の社会進出 (4/5)

[堀田純司,ITmedia]

 21世紀の現代でも、女性の社会進出は十全に実現しているとはまったく言えませんが、しかし人の心はずいぶんと変わってきました。国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)独身者調査」(平成22年)によると、パートナーとなる女性に「専業主婦になってほしい」とのぞむ未婚男性は10.9%に過ぎないそうです。みんな結構、女性にも働いてほしいと考えている。「男が前衛で働き、女がバックアップ」ではなく、ともにフロントに出ようという流れになってきているのだと思います。

 実際のところ、みなさんもよくご存じのように、車田さんご自身の作品「聖闘士星矢」でも当初「姉と弟」のモチーフは描かれかけました。

 主人公の星矢は孤児院でともに育った姉と引き離され、その後ギリシャに送られる。そして聖闘士を目指す過酷な訓練の日々に耐えることになります。そこで出会ったのが鷲星座の白銀聖闘士、魔鈴さん。この人が、かつての菊ねえちゃんのように厳しく星矢を指導するのですが、誰もが、この魔鈴さんこそが姉だと思いました。私も思った。アステリオンも思いました。

 しかし作中では、この線は最後まで触れられることがなくなり、戦いの女神であるアテナ城戸沙織と、それを守る星矢たちの姿がメインテーマとなっていきます。

 女性は素顔を見せてはならない。神話時代のギリシャに起源を持つだけに、スパルタのような例外をのぞいて一般に女性の社会的な地位が認められなかった古代世界を反映してか、聖闘士の世界も意外と女性の社会参加については保守的な面がありました(しかも「素顔を見られた相手は、殺すか、あるいは愛するしかない」とは。たまたまシャイナさんが車田美形だったからいいようなものの、もし辰巳やカシウス系のモブ顔だったらなんとも迷惑な掟です)。

 しかしおそらく、時代の風潮を感じ「保守的な女性の姿よりも、世界のためであれば自ら体を張ってでも前線に赴くアテナこそが、ヒロインにふさわしい」という力学が、作品の中で働いていったのだろうと想像しています。もはや「女がバックアップ」という時代ではないという。「聖闘士星矢」の連載が開始されたのは1986年。これは男女雇用機会均等法が施行された年でもありました。

 少女たちが、あたかも少年漫画の主人公のように戦う「美少女戦士セーラームーン」が日本社会に登場するのは、もう少し後。1992年です。

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