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デジタル時代の横書き明朝体「TP明朝」 「アルドノア・ゼロ」が採用、ディスプレイにも文学的なたたずまいを

» 2015年02月09日 11時00分 公開
[山崎春奈,ITmedia]

 「明朝体をもう一度日常に」――Webサイトやデジタルデバイスの普及で見かける機会が減っている明朝体。今の時代に適した新たなスタンダードを目指し、「AXIS Font」を手がけるタイププロジェクトが開発したのが横組みに特化した「TP明朝」だ。なぜ今、あえて明朝体なのか。生みの親の鈴木功社長に聞いた。

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明朝体とゴシック体、逆転する存在感

 明朝体は、毛筆の楷書体が様式化された書体で、ゴシック体と並ぶ基本スタイルの1つ。基本的な地の文の書体として広く使われてきたが、縦の線が太く横の線が細い、縦書きの視線運びを意識した形式であることから、デジタル化の進展とともに利用シーンが減っている。Webの日本語表示はゴシック系がほとんどだ。

 鈴木社長は「以前はカジュアルなゴシック体が脇役的な使われ方をしていたのに、現在は逆転している印象。スマホやPCが基本の若い人たちにとっては、もはや見慣れないフォントになっているかもしれない」という。

photo 手描きで習作を繰り返す
photo オフィスは一軒家。作業場は本来ダイニングの場所

 タイププロジェクトは、2001年にデザイン雑誌「AXIS」の専用フォントとして「AXIS Font」を開発した。当時からデバイスの小型化を視野に入れ、小さなディスプレイでも見やすい極細書体や長体(横幅を狭めたもの)などをファミリーとして提供してきた。コーポレートフォントとして用いる企業も多く、「契約書や招待状などフォーマルな場面でも使える明朝体もあれば」という声は要望として初期から上がっていたという。

 「ニーズは知りつつもまずはAXIS Fontの充実を優先してきた。10年経っても『これなら』と思えるものが市場に出てきていなかったので、培った知見を元に、今この時代に使ってもらえる明朝体をゼロから作ろうと思ったのがスタート」(鈴木社長)

目線をスムーズに横に流す――「うろこ」を大胆にアレンジ

 TP明朝の最大の特徴は、横組みに特化していること。目線が横に流れることを意識し、通常の明朝体では“引っ掛かり”を感じやすい場所をアレンジしている。ひらがなの右上がり感を抑えたり、字粒の大きさをそろえたりに加え、一番試行錯誤を繰り返したのは横画の右角部にできる「うろこ」と呼ばれるアクセントの表現だ。筆文字の名残を残すこの部分は明朝体の命。TP明朝では、平均的な明朝体よりも2割ほど小さくし、ゆるやかなカーブをつけることで筆の柔らかさを残しつつ、シンプルにすっきり見えるよう工夫している。

photo 明朝体の特徴である「うろこ」をシンプルにすっきりと

 さらに、欧文フォントではメジャーな「コントラスト」という概念を日本語のフォントとして初めて導入。横線の細さ順に、シャープな線で洗練された印象を与える「ハイコントラスト」、汎用性の高い「ミドルコントラスト」、太めの線でゴシック体に近い安心感のある「ローコントラスト」の3つを用意している。

photo ハイコントラストとローコントラストの比較

 「ハイコントラストは知的でデザイン性が高く、ローコントラストは小さなサイズでも潰れにくくディスプレイでも見やすい。読みやすさとデザインのバランスを細かく調整できる気の利いたフォントになったと思う。利用シーンに応じて求められる要素も変わるはずで、『明朝体、こう使うといいな』と思ってもらえる事例が増えていけば」(鈴木社長)

TVアニメに採用 「普通やらないでしょ!?」

 昨年2月にリリース後、いち早く利用の打診があったのがTVアニメ「アルドノア・ゼロ」だった。「新たな明朝体として、最初の一歩が印刷物でなくデジタルコンテンツだったのはコンセプトにも合致していてうれしかった」(鈴木社長)と振り返る。

photo TVアニメ「アルドノア・ゼロ」の1シーン

 「アルドノア・ゼロ」では、タイトルロゴをはじめ本編映像のキャプション、Webサイトやパンフレットまで一貫して世界観を表現する書体として使われている。TVだけでなくネット配信でも高解像度化が進んでいる現状を踏まえ、ハイコントラストを積極的に使っており、「TVで普通やらないでしょ!? と正直思いました」と鈴木社長は驚きとともに笑う。「世界観やキャラクターの性格を踏まえたら、絶対これ。ゴシック体ではカジュアルになりすぎてしまうところを、明朝体を使うことで物語や歴史を思わせる文学的な印象にできる。フォントの力と制作者の信念を感じる事例」と力強く語る。

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photo 印刷物にも印象的に使われている

 AXIS Fontとの併用も前提としており、Webサイトと印刷物のイメージを統一するという点でも喜ばれているという。企業の名刺や会社紹介、美術展の館内展示や図録など、さまざまなシーンに活用を広げている。横組みの読みやすさを重視していることもあり、今後電子書籍サービスへの導入なども視野に入れていきたいと展望を話す。

明朝体の魅力をデジタルでも

photo 鈴木功社長

 ますますデバイスやメディアが多様化していく時代。そもそもゴシック体、明朝体という区分にこれからも意義はあるのか――「利用シーンに応じて最適な書体を追求するのがフォント作りの意義なので、確かに『明朝体を作ろう』というのは出発点として本来正しくないのかもしれない」と鈴木社長は答える。

 「それでも今回あえて『明朝』と名に冠したのは、居場所がなくなっていくことへのさみしさがあったから。ゴシック体が伝えるのが情報だとしたら、明朝体が表すのは文学。今求められる形にリデザインすることで、理知的な佇まいの魅力を改めて伝えたかった。活用できる場所はたくさん残っている」(鈴木社長)

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