テック系ポッドキャスト「backspace.fm」との連動企画をスタート。このポッドキャストは毎週2回以上のペースで配信しているが、それと連動した形で、記事としてもお届けする。題して「backspace_news」。
今回はWWDCに自費で参加した米サンフランシスコ在住のエンジニア、ドリキンと筆者とで、WWDC 2016について語り尽くした「backspace.fm B-side episode 68」をもとに、記事中に埋め込んだSoundcloudからポッドキャストを再生しながら副読本的にながめていただけるとうれしい。基調講演直後に盛り上がった2人のチャットはブログに収録しているので、こちらも参考にぜひ。
ドラゴンクエストVは3世代にわたる話だ。父パパス、母マーサから受け継いだ勇気と能力で主人公は成長し、妻を選び、子どもが生まれる。2人は最後の戦いで敗れ、石化されてしまうが、成長した子どもたちに救出され、ともに敵と戦う。
第二段階レンズマンのキムボール・キニスンは初の女性(レッド)レンズマンであるクラリッサ・マクドゥガルと結婚し、子どもが生まれる。やがて子どもたちは成長し父の能力をはるかに超え、母とともに父親を死の淵から救出に向かうのだ。それがシリーズの最終巻「レンズの子ら」だ。
共通するのは、DNAを受け継ぎ、いつのまに親を追い越し、対等以上の存在になってしまった子どもたち。それが世代交代というものだ。親の価値がなくなってしまったわけではないけど、その先は子どもたちを脇から支える側の存在になっていくのだなあ、ということ。いまの自分に照らし合わせて、しんみり。
そんなことをWWDC 2016の基調講演で考えさせられた。
親、つまり、MacのOSのことだ。System→(漢字Talk)→Mac OS→Mac OS X→OS Xと変遷してきたその名前が次のバージョン「Sierra」からはmacOSとなる。その理由は、クレイグ・フェデリギVP言うところの「弟たち」(younger brethren)と名前の整合性をとるため。
もう1つ世代交代を示すポイントがある。ティム・クックCEOが基調講演の最後に、誇らしげに紹介したSwift Playgrounds。これを単なる、Swiftプログラミングを学ぶための、子どもたち向けの学習アプリとしてとらえるのは早計というもの。
Swift Playgroundsは、iPadでさまざまなアプリを実際に開発し、実行できる仕組みが備わっている。iOSをアプリ開発環境にすることは、コンピューティングパワーからすればかつてのMacより、ひょっとしたら現行のローエンドMacよりも強力になっているにもかかわらず、ずっとAppleが禁じてきていた。iOSの開発ができることがMacの存在意義でもあった。
それが変わった瞬間がここだ。
その使いやすさから、これは新しいHyperCardということもできるだろう。1987年、約30年前に、ビル・アトキンソンにより生み出され、ドリキンを含め、多くのエンジニアを育むことになった、とても使いやすいプログラミング環境。
iPadでSwift Playgroundsを子どもたちが使っている様子を想像すると、それはまさにアラン・ケイの提唱したDynabookの世界ではないか、とも思い至る。
iPhoneを発表した後でスティーブ・ジョブズはアラン・ケイに「これは批評に足るコンピュータかい?」と感想をもとめた。発売されたばかりのMacに対して「批評に足る最初のコンピュータ」とコメントしたのを思い出しながら。
アラン・ケイはそう答えた。
彼は、iPadの現在の姿はコンテンツを生み出すのには適していないと批判していたが、Swift Playgroundsが出た今はどうだろうか? 自分が開発した初心者向けプログラミング言語Squeakも入れてほしいだろうな。
iPadを使う数百万、数千万の子どもたちはこれから、この中だけでたくさんのiOSアプリを生み出すはずで、それは、「プログラミングならMacで」時代の終わりを告げるものでもある。
しかも、このSwift Playgroundsの実力はたんなる子ども向けチュートリアルの域をはるかに超えた、本格的なものらしいのだ。新しい楽器が簡単に作れるテンプレートも用意されているので、自分もぜひ使ってみたい。HyperCardのスタックにサンプリングしたサウンドのボタンを貼り付けていた四半世紀前の自分をふと、思い出した。
iOS 10では、アプリ単体の中ですべて完結するのではなく、複数のアプリが緊密に連携し、使いやすくなった通知画面によってごく自然に作業が継続していく、そのような仕組みができあがっている。そこで出てきたキーワードがOpenDocだ。
これにはドリキンと米国在住のジャーナリストの松村太郎さん(ITmediaでも連載を持っている)が最初に気づいて、WWDC基調講演後でのYouTubeインタビューで語っている。
OpenDocは、Microsoft Officeに代表されるような、機能肥大化するアプリケーションに対する解決策として提唱された仕組みで、コンパウンドドキュメントと呼ばれる、ドキュメントに複数のアプリケーションパーツ(コンテナと呼んでいた)を貼り付ける仕組み。代表的なものとしては、Apple純正のCyberdogがあった。
Cyberdogはブラウザ、メール、ニュースリーダー、アドレスブックなどを統合したインターネットスイートで、20年前、1996年2月に生まれた。その翌年にはチームがレイオフされてなくなっているのだが、iOS 10で動いているSafariやメール、アドレスブックを見れば、ああ、柴犬(Cyberdogの日本での愛称)はぼくたちの心のなかに生き続けているんだなってことがわかる。
アプリ対ドキュメント(そしてウェブ)の戦いはこの20年続けられてきて、iPhoneの登場で再びアプリの時代ということになって、そのiOSがまたアプリをブレイクダウンして、OpenDocが描こうとしていた未来をもたらしつつあるというのはなんだかワクワクする話だ。
Knowledge Navigator。ジョブズと比較されビジョンがないと批判されていたジョン・スカリーが1987年に打ち出した未来図。といってもコンセプトムービーだけで製品は出なかった。
Knowledge Navigatorが搭載されたタブレットMacを開くと、画面内の蝶ネクタイの執事キャラクターがマイケル・ブラッド教授のこれからのスケジュールを読み上げる。音声で必要なドキュメントを検索したり、スケジュールを入れたり、電話に応答したりもする。
これはもう未来図ではない。
SiriがmacOS Sierraに搭載されるこの秋、これはほぼ現実のものとなる。タッチインタフェースはMacにはなく、iPadで、2画面折りたたみではないくらいの違いだ。
SiriKitがサードパーティーに開放され、HomeKit対応のスマートデバイス、スマートホームがSiriから制御可能になると、この未来図以上のことが可能になる。
Appleは20年〜30年前に張られた伏線をガンガン回収していってる。すべてジョブズがつぶしたものだけどね。
でも、iPhoneはNewtonを再発明したものだし、その基礎技術も使われている。
理想は高かったが実用性では問題のあった製品やコンセプトたち。実際に戦って欠点を見破り、葬ってきたAppleだからこそ、その潜在力や理想とするものを見抜き、最終的に身につけることができたのではないだろうか。
「このノーティフィケーションパンチ、フォームは違うけどかつての宿敵、OpenDocそっくりじゃないか!」「いまのSiriキックはKnowledge Navigatorの得意技じゃね? いつの間に会得したんだ!?」「彼の後ろにはDynabookも、HyperCardの姿も見えるわ。彼は好敵手(とも)たちといっしょに戦ってるのね!」
ぼくらはWWDC 2016基調講演に、彼らの幻を見たのだ。
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