人間は本当は、自分たち自身を作りたいと思っている。今の段階では、人型ロボットのように、似たものから作っている。本当はあれは、ロボットを作りたいというよりは、人間を作りたいことの言い換えただけなんだろうと。
――人工知能が小説やニュース記事まで書けるようなりつつあります。人工知能はどこまで来れば、人間を超えたと言えるでしょうか。
人間に右脳と左脳があるような形にならないと。単純にいろんなことを知っているだけでなく、感じ取る心を……心って何だろうとなってくると、知識がいっぱいあるだけでは心にはならない気がするので……。でも別の言い方をすると、ものごとは一杯たまってある段階にいくと、突然違うものに変わることもある気がするので、たくさん知識をコンピュータに与えると、ある日突然心が生まれるかもしれない。
――作品の中でも、コンピュータにいろいろな言葉を与えていくと、ある日突然、心を持ちました。
数の不思議というか、ある一定のところまで達すると、急に違うものに進化してしまうことがあるような気がする。粘菌のように。知識も同じで、集まると知識の中にまた知識を生み出すような……生物界の不思議が隠れているかなと思います。
――今ロボットとかAIといわれているものが生物になるタイミングは来ますか?
来るんじゃないでしょうかね。機械でできた生物が知性を持っちゃったら、生まれてくる子供も機械になったり……ということですもんね。あってもおかしくはないと思うんだけど。宇宙の成り立ちの中で人は進化しているので、宇宙の成り立ちがそれを許可してくれているかどうかですが、ないとは言い切れないですよね。
――そうなったとき社会はどうなる?
めちゃめちゃ変えないといけないですよね。
機械が働いてくれれば、黙ってても食べていけるけど、生物って黙って食べてると良くないんですよね。苦難の道を進んでこそ、それに対応しようと存続しているので、なんともない安楽の時代が来ちゃったら、それこそイソギンチャクになっちゃう。生物として維持しようという感覚が消えてしまい、消滅に向かってしまう。
進化の果てはどこなのかと言ったって、宇宙の果てと同じで限りがないですからね。どこまで行けば到達点かは誰も決めているわけじゃないから。最終的に、形がなくてもいいじゃないか、という世界にもなるじゃないですか。それもありだと思うし、ここじゃなくてあそこにいるんだよという存在になってもいいし、心配しなくてもいくらでも、進化の果てはあるような気はするんですけどね。
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