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日本の常識は世界の非常識!? 軽いだけのノートPCが海外で売れない理由“中の人”が明かすパソコン裏話(2/2 ページ)

» 2016年12月16日 08時00分 公開
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「軽さ」というマーケティング手法

 商品を売るときに必要とされるマーケティングとは、顧客に恐怖や不便を感じる「ホラーストーリー」をあたえ、それに対する解決策を提示することで、需要を創出し、商品を販売することに他なりません。ここでは以下のような関係が成り立ちます。

 「軽い」=「持ち運びが快適」

 テレビコマーシャルを作るとしたら、紙のカタログと見積書がたくさん入った重いカバンをもって汗をかきながら歩くサラリーマンの前に、片手でひょいとノートPCをバックから取り出し、オープンカフェに腰掛けるビジネスマンが爽やかに登場する訳です。

 いかにもという手法ですが、理解を得やすいのです。これがマーケティングです。

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 1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本では「フィーチャーフォン」(ガラケー)が一世を風靡(ふうび)していました。本体重量が60グラム前後という驚異的な軽量化を実現した製品も存在し、モデルチェンジするたびに「世界最軽量」といったキャッチコピーを見掛けたものです。記憶が正しければ、100グラムを超える携帯電話はほとんどなかったと思います。

photo NTTドコモ「P209i」は、重量がなんと60グラムという驚異の軽量性能をもっていました(©DOCOMO CS Tohoku, INC. All Rights Reserved.

 ところが、カメラ機能やインターネット接続機能の搭載で徐々に重量は増していき、08年には、重さ133グラムの「iPhone 3G」が登場しました。以前と比べて重量がほぼ倍となり、16年9月に発売した「iPhone 7」(138グラム)ではむしろ重量が増しています。しかし、多くの人が以前より重い携帯電話機を選んでいるのです。

 このように、今やスマートフォンを選ぶときには、重さよりも質感やデザインを重視している方が多いのではないでしょうか。“軽さ”は手軽なマーケティング手法ではありますが、ユーザーからすれば、もはや利便性やデザインという商品性とトレードオフできる関係にあるといえるでしょう。

譲れない「耐久性」へのこだわり

 最近よく見掛けるようになった、高耐久性をうたうビジネス向けノートPCの多くは、あらゆる方向からの落下、振動、衝撃、粉じんが舞う状況や、氷点下といった過酷な状況での製品テストを実施しています。ライフサイクルを通じて、不測の事態でもトラブルが生じないように設計されているのです。

ノートPCに実施する耐久試験のイメージ

 これは非常に素晴らしいことではあるのですが、1キロを切るような軽量の製品を作るうえでは、これがネックになってきます。私はこれらについて「ある程度、日常に想定されるレベルの状況に限定した仕様に妥協できるのでは?」と考えていました。

 しかし、米国メンバーの反応は異なります。「ほとんど起こらないとしても、その万が一でビジネスが停止してしまうような仕様はOKできない」と言うのです。

 自動車を例にみると、欧州諸国では安全性に非常にこだわった製品が存在します。そのこだわりは半端なものではなく、万が一車が横転して逆さまになっても乗員を保護できるかなど、あらゆる状況を徹底的に想定したテストを行っています。現地では、そのような商品性がユーザーから評価されているという事実があるわけです。

photo ボルボが2002年に開発した横転保護システム(ボルボカーズジャパン公式サイトから引用)

 こういった事例を見ると、「軽さだけが重要な指標ではない」という言葉はとても理にかなっていることが分かります。仮に軽量化が進んでいたとしても、プラスチックのような質感であったり、素材が薄いゆえにたわみが生じたりと、実際に満足する質感が実現できないかもしれません。なにより、耐久性をおろそかにして、万が一の時にビジネスをストップさせることは避けなくてはなりません。

 これらの要求を考えた上でのアイデアとして、素材の工夫などが挙げられます。例えばボディーにアルミ素材を採用すれば、強度を保ちつつ薄型化できるので、頑丈さとデザインを両立できます。そして、軽量化については、第6回で触れた「断捨離」のように、機能の絞り込みによって製品の目指す目的や利用方法に最適なデザインを実現することができます。

 なにより、美しい表面処理が施されたアルミニウムの筐体をもった薄型の商品を手にしたときの喜びや満足感のほうが、軽さよりも上回るのではないでしょうか。

 これらを意識して米国の製品チームと会話をするようになると、スムーズに意思の疎通が図ることができ、薄型で素材の質感もあり、頑丈、そしてこの製品の狙うユーザーの必要とする機能・性能を持つ製品コンセプトを描くことができるようになりました。

 製品を選ぶときに、それはマーケティングにより創出された需要なのか、それとも本当に自分が求めている機能や性能なのか、一度思考を巡らせてみるのも面白いかもしれません。

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著者:白木智幸(しろき・ともゆき)

日本HPPC&タブレットエバンジェリスト。パーソナルシステムズ事業本部に所属し、法人向けタブレット製品のプロダクトマネージャ(製品企画)とビジネスプラン(販売計画)を担当。PCやタブレットの楽しさや素晴らしさを広くお伝えすることを通じ、グローバル化の進む現代でよりよい働き方を実現するためのエッセンスを提供することがテーマ。


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