「思い付いたのは入社前。2011年ごろのことでした。趣味でパーツをちょこちょこ買っては、自宅で作っていたんです。時には、海外からパーツを輸入したりして。そのときは、これが仕事になるなんて思いもしなかった」――そう語るのは、浮遊球体ドローンディスプレイの開発者、NTTドコモ 先進技術研究所の山田渉さんだ。
浮遊球体ドローンディスプレイは、2017年4月にNTTドコモが発表した飛行型球体ディスプレイ。ドローンの周囲をLED付きフレームで覆い、そのフレームを空中で高速回転させると、光の残像によって文字や絵が映し出されるという仕組みだ。発表するやいなや大きな話題となり、発表直後に開催されたイベント「ニコニコ超会議2017」にも展示された。
NTTドコモの一大プロジェクトかと思いきや、実は1人の学生が趣味として自宅で始めたものだった。どのようにして、大企業を巻き込むプロジェクトになったのか。
「浮遊球体ドローンディスプレイはもともと、映像表示部分と飛行部分を別々に作っていました。これを合わせて完成させるためには、費用も設備もそろえないといけない。さらに、材料の選別から構造力学や航空力学まで、全ての知識と技術力がなくてはならない。そう考えたとき、自分一人でやることに限界を感じました」
山田さんはとある会社の飲み会で、偶然近くに座った他部署の人に、作りかけの浮遊球体ドローンディスプレイを見せたという。「面白いね」――評価は上々だった。
こうして山田さんは仲間を増やし、会社に提案。学生時代に個人で作っていたプロダクトが、NTTドコモ入社後、会社としてのプロジェクトに変化した。
「技術的な難易度は、時間をかければ何とかなる気がしていました。でも、それでは誰かに先を越されてしまう。それに、完成したとしても、実用化や継続的にやり続けることは難しい。だから会社に提案しました」
ところで、筆者にはある疑問があった。「個人のプロジェクトを会社に提案する」ということは、所有が「個人」から「会社」に移るということでもある。ある意味、長い間個人で研究してきたものを手放すということだ。不安はなかったのか。
「正直、少し不安はありました。ただ、個人で特許を取ろうとすると、お金もかかる。それに、結局特許で得られるのはお金なんですよね。でも、お金にはそんなに興味がなかった。それよりも、技術が世の中に早く出てくれる方が、個人的にはうれしかったので割り切っていました。会社は自分がやったという証が残るよう、配慮もしてくれた。ならば会社に帰属させようと思いました。特許だけでなく、パートナーと組むことや論文を出すことを考えても、個人より会社の方が良かったんです」
このプロジェクトでもう1つ面白いと思うのは、もともと学生だったいち個人が始めたプロジェクトを、NTTドコモが受け入れたということだ。NTTドコモはなぜ、これに取り組む必要があったのか。そのヒントは、17年4月にNTTドコモが公開した「中期戦略2020『beyond宣言』」にある。
現在NTTドコモは、携帯電話に続く新たなデバイスと、その情報配信のプラットフォームの構築を目指している。これまで、「コミュニケーションデバイス」といえば携帯電話が主流だったが、それに続く候補として注目している1つが「ドローン」なのだ。
NTTドコモはこの浮遊球体ドローンディスプレイを18年度に商用化したいとしており、B to Bビジネスとして広告表示やイベント演出などに使う計画だという。
「例えば、デバイス同士をネットワークでつないで群制御をしたり、キャラクターに見立てて浮かせたりといった演出を考えています。武道館などの大きなコンサート会場とかで実現するといいなぁ。あと、これならドローンで宅配しながら広告表示もできる。30台飛ばしたら30個の広告枠ができる。ショッピングモールとかにふよふよ浮いていて案内をするとか、災害時の避難所誘導なんかにも使えたらと考えています」
そもそも、この空中に映像を表示する技術は、レーザーや原子制御を用いて数多く研究・開発されている。しかし、それらには「箱の中や近距離でしか表示できない」「密室空間だと危ない」など、さまざまな制約があった。AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)も同じで、「ディスプレイをかざさなければ見られない」「メガネがないと見られない」といったまどろっこしさがあるという。
「『もっと直接的に、自由に、空間で映像表示したい』と考えたのが、浮遊球体ドローンディスプレイです。例えば、日本科学未来館で昔見たジオコスモスとか、いろいろなものに影響を受けています。ジオコスモスを見て、やっぱり、『空中を飛び回らないかなー』なんて思っていました。そんなところに発想の原点があります」。
山田さんは言う――「大学院の先生がよく、『サイエンスフィクションをサイエンスにしたい』と言っていた。自分もそう思う。SF映画『ブレードランナー』は、空中に映像が表示される――そんな世界を現実のものにしたい」。
(太田智美)
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