脳の中には視覚に関連するさまざまなタイプの神経細胞があり、それらが多様な役割を果たしています。例えば、外界の情景の中に線状のものが含まれている場合、それがどのくらい細かく、そしてどの方向を向いているのかを識別する神経細胞があります。09年に新井・新井はその仕組みを数式で表した新しい数理モデルを作り、コンピュータに実装しました。
そして文字列傾斜錯視の画像を入力し、まずはどのようなことが起きるのかを詳しく調べました。その結果の1つが次の図です。なお図では、分かり易いように神経細胞の数理モデルの一部のみを、(A) のように並べてあります。「夏ワナー」の文字を入力したときの (A) の神経細胞の数理モデルの反応が (B) です。強い反応は赤く表示しています。
次にすべき作業は、どの神経細胞の数理モデルの活動が錯視の要因になっているのかを突き止めることです。このため、赤い色で表示された反応を抑制または停止させていきました。その結果、(A)については、ほぼ中央列付近のとある範囲に並んでいる神経細胞の数理モデルの活動を抑えると、コンピュータが文字の原型を留めつつも錯視の消滅(あるいは激減)した画像を出力することが分かりました。結果は次のものです。
さらに夏ワナーの錯視とほぼ同じ方法で、他のいろいろな文字列傾斜錯視の錯視を取り除くこともできました。例えば「十一月同窓会」「学小年二生」の錯視の場合には次のようになります。
つまり、数理モデル上の話ですが、多くの文字列傾斜錯視に対して、その錯視を引き起こしている共通の神経細胞があったのです。
後に新井・新井はこの研究をさらに発展させて、「幾何学的錯視の構造解析法」という錯視の新しい解析方法を考案しました。第2回で紹介したフラクタル螺旋(らせん)錯視の錯視除去と強化はその成果の1つです。
さて、新井・新井はこういった文字列傾斜錯視の数理的な研究を続け、文字列傾斜錯視自動生成プログラムを作りました。これは、n文字の文字列と、n以下の文字数mを指定すると、与えたn文字の中からm文字の文字列傾斜錯視を自動的に作れるというものです。
例えば、「一二三四五六七八九十」の10文字と、文字数として6を入力すると、この10文字の中から6文字を使った傾いて見える文字列を出力します。(表示されたもの以外にも文字列傾斜錯視が起きるものはありますが、その中でも比較的錯視量の多いものを出力するようにしてあります)
ただし、文字列の中にはどのように文字の配列を選んでも傾いて見えない場合もあります。例えば「あああああああ」は、いくら配列を変えても傾きの錯視にはなりません。
このソフトは10月末まで期間限定でデモ版を公開してありますので、詳しくは「文字列傾斜錯視自動生成ソフト -デモ版-」をご覧ください。
最後に季節感のある文字列傾斜錯視を1つ。ただし長期予報ではありません。
文字列傾斜錯視の錯視量は、フォントの種類、フォントのpt、画面表示の拡大率などによって変わります。この記事の文字列傾斜錯視は、フォントが12ptのMSゴシック、PCの画面表示が100%の設定で傾いて見えやすいものを紹介しています(ただし文字列傾斜錯視自動生成ソフト画面の図を除く)。
著者:新井仁之(あらい ひとし)
東京大学大学院数理科学研究科・教授、理学博士。
横浜市生まれ。早稲田大学、東北大学を経て現職。
視覚と錯視の数学的新理論の研究により、平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞、また1997年に複素解析と調和解析の研究で日本数学会賞春季賞を受賞。
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