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作り手が受動的な時代のボカロとは 「受容」するVOCALOID「LUMi」

» 2017年12月27日 22時34分 公開
[松尾公也ITmedia]

 VOCALOID「LUMi」の一般向け販売が開始された。AVA(アカツキ・ヴァーチャルアーティスツ)が開発・販売するLUMiはCV(キャラクターボイス)を声優の大原さやかさんが担当するVOCALOID4の歌声ライブラリ。「また新しいVOCALOIDか」と思うかもしれないが、AVAの吉澤馨社長はさらにその先、バーチャルキャラクターのための新しい芸能事務所を目指す。その物語を紡ぐ役を担っているという吉澤社長に真意を聞いた。

 「キズナアイなどのVRライブがこの2、3年でポピュラーになって、1つのマーケットになる」と吉澤さんはバーチャルキャラクターながら100万フォロワーを突破した仮想YouTuberを引き合いに出す。

 「これからはバーチャルキャラクターとのコミュニケーション、エンターテインメントが活発になってくる。サマーウォーズの仮想世界であるOZの中に芸能界があるような、そういうものがたくさん世の中に出てくる。VR人口は現実世界の70億人をはるかに超えるだろう。そんな世界に向けてバーチャルアーティストをマネジメントしていくための芸能事務所がAVA」という位置付けだ。

 LUMiはその最初のアーティスト。

 VOCALOIDとしてのLUMiはAVAのEC直販のみで流通していたが、現在は小売店や楽器店ルート、Amazonでも売られている。Amazonではパッケージ版が1万2960円(税込)。ヤマハのVOCALOID Shopではダウンロード販売されている(税込1万800円)。技術的に言うと、ダイフォン、トライフォンをそれぞれ同数持っており、音の接続のバリエーションは豊かという特徴をもつ。しかし、LUMiの訴求ポイントはそこだけではない。

10年前、ボカロの作り手は能動的だった

 LUMiにはこんな設定がある。鎌倉の海底世界「シンカイ」の神女になるために、人間界へやってきたベニクラゲの巫女。人々の心を救う存在のはずが、相手の悩みに共感し過ぎて傷つき、動けなくなってしまう落ちこぼれ。

 そんなLUMiに与えられたのがVOCALOIDという試練。

photo ベニクラゲの巫女という設定のLUMi

 なぜこんな設定を作ったのか。吉澤さんは「設定がないのはストレスではないか」と説明する。

 初音ミクが生まれ、ボカロブームが起きた10年前は、作り手が能動的だった。

 「これから先、どんどん世の中にクリエイターは増えていく。発表する場所もある。世の中は反応的になっていき、簡単にできるものを求めている。設定をある程度示していったほうが作りやすいだろう。ゼロから作れる人は数人だが、設定があれば作れる人は多い」

 「次のボカロシーンは簡単に作品を作れる環境を作るべき」と主張する吉澤さんが世界観にこだわる理由はここにある。

photo AVA吉澤社長

 簡単に作品を作れる環境としては世界観ともう1つ、発表の場がある。ニコニコ動画、YouTubeもあるけれども拡散のために使われるTwitterはまず公式アカウントがフォロワー数を増やしていく必要があり、それには時間がかかる。

 LUMiの発表の場として注目しているのは音楽共有サイトのnana。LUMiのオリジナル曲コンテストをnanaでやったところ、140曲が集まった。そしてnanaオリジナル曲の歌い手になってもらい、イベントで歌ってもらうということもした。

 現代は「歌われるところまで含めて音楽製作と言えるのではないか」と吉澤さん。聴かれる消費から歌われる消費に変化している。だから、自分たちの歌声にかっこいいエフェクトをかけて楽しむnanaのような消費の仕方が次世代的だと捉えている。

 LUMiを初期から使っているあるボカロPは、若くて悩んでいて「私も同じような女の子なんです」という感想をくれたという。作り手の悩みを受容するLUMi像は伝わっていると感じている。「自分で自分を救うようになっていくといい」と吉澤さん。

 AVAには他のところで作られたバーチャルキャラクターをマネジメントしてくれないかという話もある。しかしそれはまだ先の話で、現在は「LUMi以外に興味はない」と言う吉澤さんは、彼女に命を吹き込む作業に今も夢中なようだ。

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