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82歳のiPhoneアプリ開発者を支え続ける、62歳女性秘書の正体太田智美がなんかやる

» 2018年02月19日 13時58分 公開
[太田智美ITmedia]

 米Appleの開発者イベント「WWDC 2017」の基調講演でティム・クックCEOに紹介され、国連の社会開発委員会でスピーチした「マーちゃん」こと若宮正子さんは、もはや時の人となった。「若い人が作るアプリは、年寄りにはつまらない」と奮起し、ひな祭りを題材にしたiPhoneアプリを制作。「82歳のiPhoneアプリ開発者」として世界的な有名人だ。

 そんな彼女の姿はいつも人をひきつけるが、筆者はある人物の存在が前々から気になっていた。名前は近藤則子さん。

 彼女のFacebookにはいつも、マーちゃんの姿がある。「マーちゃんがんばっています」「マーちゃんが〇〇賞を受賞」「マーちゃんが〇〇会議に参加します」「マーちゃん〇〇番組に出演します。〇時から」――マーちゃんが活動する場所には、必ずといっていいほど彼女の姿がある。彼女は何者なのか? どうしていつも、そこにいるのだろうか?

 筆者は不思議だった。これはマーちゃんから聞いた話だが、ここ1年でマーちゃんへの取材依頼はとんでもなく増えた。とてもマーちゃん1人でどうにかなる量ではない。それに加え、6社ほどの出版依頼、イベントや会議への参加依頼が一気に押し寄せた。そんなマーちゃんを、近藤さんはいつもそばで支える。

 「(国内外からくる)メディアからのメールに代わりに答えてくださったり、けしからん注文はやんわり断ってくれたり、そんな秘書的なことを、のりさん(=近藤さん)はいつもやってくれます」(マーちゃん)

 近藤さんは毎日のように、マーちゃんに関わる何かをしている。メール書き、出版社にあいさつをし、必要な資料や写真があれば事前に集め、マーちゃんの活動をまとめる。もちろん、2人の間に金銭は発生していない。

 「私にとっては、仮説の検証なのかもしれません。『高齢者がICTを活用できれば生活が楽しくなる』ということの」(近藤さん)


近藤則子さん 近藤則子さん

 近藤さんは現在62歳。マーちゃんと初めて知り合ったのは20年ほど前で、情報化の支援によって高齢者の積極的社会参加を促す「メロウ倶楽部」の初代会長中村克巳さんを通じて知り合ったという。それからというもの、近藤さんとマーちゃんは中村さんの家で何度か会い、お友達になった。その後、2人は何かあるたびに一緒に活動するようになる。

 彼女は、高齢者や介護者を助ける技術を研究する「老テク研究会」の事務局長も務め、高齢者にとっていかに情報が必要かを研究している。近藤さんが2016年に発表した資料によれば、情報格差やネットリテラシーが高齢者のネットトラブルの増加にも影響しているという。

 「災害時はもちろん、就職や介護でも、情報が全てです。なぜなら、情報がないと作戦が立てられないから。高齢者に向けたこういった活動は、『無謀だ』と言われたりもしました。しかし、PCやスマートフォンでネットを活用できる高齢者は、使えない高齢者と比較すると社会への参加機会が多く、友人も多い。高齢者消費生活相談の2位には『アダルト情報サイト』(「2016年 消費者白書」より)が挙げられているのですが、架空請求の多くはアダルト詐欺サイトによるものだし、情報格差は認知症や自殺リスクともつながる、生死を分ける問題なのです」(近藤さん)


近藤則子さん 台湾に住む高齢者(92歳)ともスマートフォンでつながる近藤さん。近藤さんがスマホを持って、日本を遠隔で観光しているという

 現在近藤さんは、「おばあちゃんのためのスマホサービス」を開発している人の間に立つなど、10人くらいの高齢者のサポートを行い、その研究結果を総務省の情報通信審議会構成員として発表。総務省の有識者として、技術政策部会、情報政策部会、研究開発戦略委員会、AIネットワーク社会推進会議、IoT新時代の未来づくり検討委員会、放送コンテンツの製作・流通の促進等に関する検討委員会、2020年のICT化や消費者行政政策などを通じて、高齢者のICTニーズを調査し、高齢者の立場から支援政策を提言している。

 「プロの研究者は、対象者を被験者として冷たく見てしまう。でも、客観的に見なければいけないという立場上、それは仕方ないこと。一方で、トラブルも起きるんです。でも、私はそれで食べているわけではないから、彼女たちは家族みたいなもので、そんな身内だからできるやり方があるのかもしれません。マーちゃんは、高齢化社会のロールモデルです。マーちゃんのような人が増えるといいなと思い、活動を続けています」(近藤さん)


近藤則子さん 近藤さんの研究ファイル

近藤則子さん 中にはぎっしり研究資料や依頼の記録などが挟み込まれている

 マーちゃんは、そんな彼女の活動を通じて出会った“縁”を「のりえん」と呼ぶ。話題になったひなまつりアプリを作る際、プログラミングを教えてくれた仙台に住むエンジニアや、国連に行く際に有給休暇を取得して同行してくれたマイクロソフトの社員、総務省高官とお友達になれたのも「のりえん」なのだとか。

 「WWDCではAppleが大きなサポートをしてくださり、国連では私のことをがっちりガードしてくれた人たちがいました。のりさんは、そういうときには一歩引いて、後方から見守る、という人です。彼女は私の後見人みたいな存在なのです」(マーちゃん)


近藤則子さん WWDCに招待された際のお土産にマーちゃんからもらったというペンをうれしそうに見せる近藤さん

近藤則子さん ペンのフタにはマーちゃんからのメッセージが書かれている


 なぜ、彼女はマーちゃんのそばにいるのか――「結局は、単純にマーちゃんが頑張っているし、大好きで面白いからですね!」(近藤さん)

 マーちゃんのそばには、高齢者のICT活用を考え、彼女たちの生活を豊かにしたいと本気で活動し続ける、研究者の姿があった。


近藤則子さん

太田智美

筆者プロフィール

プロフール画像

 小学3年生より国立音楽大学附属小学校に編入。小・中・高とピアノを専攻し、大学では音楽学と音楽教育(教員免許取得)を専攻し卒業。その後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に入学。人と人とのコミュニケーションで発生するイベントに対して偶然性の音楽を生成するアルゴリズム「おところりん」を生み出し修了した。

 大学院を修了後、2011年にアイティメディアに入社。営業配属を経て、2012年より@IT統括部に所属し、技術者コミュニティ支援やイベント運営・記事執筆などに携わり、2014年4月から2016年3月までねとらぼ編集部に所属。2016年4月よりITmedia ニュースに配属。プライベートでは2014年11月から、ロボット「Pepper」と生活を共にし、ロボットパートナーとして活動している。2016年4月21日にヒトとロボットの音楽ユニット「mirai capsule」を結成。

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