コンテンツ流通の世界は大きな変化にさらされている。物理メディアからオンラインへ、という変化はもちろんだが、「所有する」ものは少数となり、「見放題」「使い放題」になった。放送のように「流れてくる」ものから「自分で選ぶ」ものになり、さらには「自分以外がチョイスしてきたものを体験する」世界になってきている。
この記事は、毎週金曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2018年6月1日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額648円・税込)の申し込みはこちらから。
ではその時、コンテンツの寿命はどうなるのだろうか? 「コンテンツの寿命はどんどん短くなっている」というのが定説だが、筆者はそこに疑問を抱いている。そこで今回は、まず初回として、音楽コンテンツ流通の変化でなにが起きているのか、という点から、改めて「コンテンツの寿命」について考察してみたい。
音楽が最初に産業化したのは、19世紀末から20世紀初頭の頃だ。いわゆる「蓄音機」の発明が19世紀末、そこにレコードのような「音楽ソフトウエア」の供給がスタートしたのが1910年頃である。ラジオ放送の開始は1920年代後半からなので、ソフトとしての音楽が生まれ、そのすぐ後に、「ソフトとしての音楽が存在する」前提でラジオ放送が始まっていることになる。
この後1970年代末まで、音楽産業は「レコードを売る」「マスに音楽を知ってもらうにはラジオやテレビなどの放送を使う」「ファンをベースにコンサートなどを行う」という3つの経路を組み合わせたビジネスが進んでいく。1982年にCDが登場し、レコードからCDへと配布メディアの主流は変わっていくわけだが、音楽産業に大きな影響を与えたのは、レコードがCDになったことではなかった。「カセットテープの普及(特にコンパクトカセット、1970年代)」と、ウォークマンに代表される「ポータブルミュージックデバイスの普及(1980年代)」が大きい。
カセットテープが普及するまで、音楽は「ソフトウエアを消費する」ものだった。レコードを買うか、放送を聞くか、ということが中心で、自分が好きな音楽を所有するには「買う」必要があった。オープンリールによる録音機器しかなかった時代は、それを持っている個人もまれだった。しかし、安価なコンパクトカセットが広がると、「エアチェック」や「レコードからのダビング」によって、買っていない音楽を所有することができるようになった。
ただこの結果、音楽の消費は増えた。特に、カセットテープを使ったウォークマンの登場で音楽消費の場所・時間が劇的に増えたため、「レコードを買わなくても音楽が楽しめる」ことのマイナスよりも、市場拡大の価値の方がずっと大きかったのである。
この時代、音楽の認知は主に「マスメディア」から生まれた。放送と新聞・雑誌の情報が中心である。放送に出ることは宣伝であると同時に、放送に付加価値を与えることでもあり、音楽出版社・アーティストとマスメディアは、いわゆるWin-Winの関係にあった。
テープに音楽は記録されているものの、音楽のトレンドやブームは、マスメディアにのってやってくる。人々はそれに刺激され、新しい音楽を求める。
メディアの構造が未熟だった頃は、ブームを回転させていく効果はさほど高くなかった。だから、自分が持っている曲は「かなり気に入った曲」であり、流れていくものとは少し違った。
だが、メディアが消費を先導する構造になることで、音楽は文字通り「消費」されるようになった。それは悪いことではない。この構造が、「楽曲を買うと同時に、テープにも残す」という安価な入手方法が存在したことで、回転のサイクルができた。この時代には、音楽は「買ったもの」「テープに残したもの」という2レイヤーがあり、さらに「流行的に聞くもの」「聞き続けるもの」のレイヤーが存在した。どちらにしろ、人が接することができる楽曲の量には限りがあった。マニアでない限り、数千・数百というアルバムに接するのは難しく、聞き続ける=寿命の長い楽曲の数は数十曲から数百曲の間だったろう。
ただ、それでも大きな問題はなかった。楽曲からの収益は「レコードの販売数量」が圧倒的で、売り切りだったからだ。消費者がどう消費しているかは、売る側にとってはそこまで大きな問題ではなかった。
1980年代に入り、ウォークマンによる「場所を問わない消費」が増えると、音楽の市場は拡大する。そこからCDに移り、レコードより手軽に使えるようになったことで、「音楽のパッケージソフトウエア市場」は最盛期を迎える。
日本ではMDがあり、「エアチェック」「ダビング」の市場が残ったが、世界的にいえば、CDへの移行とともにダビングの市場は小さくなった。CDプレイヤーが小型化・軽量化して持ち運べるようになったこともあり、購入したCDをそのまま聞く行為が定着した。このことは、CDの販売枚数増加に大きく影響しているだろう。
すなわち1990年代という「CD黄金期」は、パッケージメディアがそのまま「ライブラリー」と「日常的な聴取」の両方に使われた時代になっている。結果、購入量は増えたものの、メディアを交換して聞いていたことに変わりはなく、「楽曲の回転率」が劇的に上がったわけではない。メディアに縛られる以上、「最近買ったアルバム」「お気に入りのアルバム」など、特定の楽曲の回転率以外は高まらないからだ。特に「最近買ったアルバム」の力は強い。だから、音楽メディアは「新鮮なアルバム」のプロモーションに力を入れていたのである。
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