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» 2018年09月28日 16時00分 公開

“食のどこでもドア”は実現するか 寿司をテレポーテーション、開発の舞台裏

東京から寿司のデータを転送し、米国のイベント会場で再構築する――そんなデモンストレーションが「SXSW 2018」で注目を集めた。開発者が、突き詰める中で見つけた課題は。

[片渕陽平,ITmedia]

 漫画「ドラえもん」に登場する「どこでもドア」があればいいのに。人間の転送は実現が難しくても、せめてモノが一瞬で届くようになれば――そう思う人は少なくないだろう。夢のような技術だが、食の分野でアプローチしている人たちがいる。「SUSHI TELEPORTATION」(寿司テレポーテーション)を開発しているプロジェクトチーム「OPEN MEALS」だ。

photo 東京から米国のイベント会場に寿司のデータを転送し、ロボットが組み立てる

 東京から寿司のデータを転送し、米国のイベント会場で再構築する――そんなOPEN MEALSのデモンストレーションが、今年3月にテクノロジーなどのイベント「SXSW 2018」(米国オースティン)で注目を集めた。SXSW閉幕時点で、コラボレーション・連携が21件、海外イベント招致が8件、投資が5件とさまざまなオファーが舞い込んだ。

 ただ、プロジェクトを率いる電通の榊良祐さん(第3CRプランニング局 デザイン・ストラテジスト/アート・ディレクター)は、突き詰める中で課題も多く見つかったとも話す。開発の舞台裏を聞いた。

“ピクセル寿司”を組み立てる

 寿司テレポーテーションでは、あらかじめ東京で取得した食感や味などのデータを基に、1辺5ミリの食べられる立方体(ゲルキューブ)をイベント会場のロボットが組み立て、海老やマグロの寿司を作り上げる。現段階では見た目の解像度が粗く、“ピクセル寿司”というべきかもしれない。

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photo 電通の榊良祐さん(第3CRプランニング局 デザイン・ストラテジスト/アート・ディレクター)

 アイデアを思い付いたのは榊さん。広告業界でデザインの仕事を手掛ける中で、印刷物の「シアン」「マゼンタ」「イエロー」と同様、料理の味も「ソルティー」「サワー」「スイート」「ビター」のようにデータに分解して再現できるのではないかと考えた。

 そのとき既に、大豆などでできたエディブルペーパー(食用シート)に調味料を“印刷”するフードプリンタは市販されていた。榊さんは2015年ごろ、こうしたプリンタを購入して試してみたが、「食感や形がなく、それだけでは料理の再現には至らない」と思ったという。

 「市販のフードプリンタは、チョコレートやピザソースを出すというように、カートリッジに入っている単一の材料しか出せない。あらゆる料理を出力できるマシンを目指したかった」(榊さん)

 プロジェクトチームで議論する中で、たどり着いた方法が「ピクセル」だった。「同じ料理の中でも、外はサクサク、中はフワフワと食感を変えられる。味や温度もピクセルごとにグラデーションを付けられるのではないか、という発想だった」

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 ピクセルの素材をどうするか。料理の味を付けたとき、ベースの味が邪魔しないようにする必要があった。「当初はなるべく味がないクッキーのようなものを考えたりと、あらゆるアイデアを出した」(榊さん)が、寒天のようなゲルに落ち着いた。無味無臭に近く、水分量の調整や熱変化によって食感、形を変えやすいのが特徴だ。

 ベースの素材が決まったからといって、すぐに料理を再現できるわけではない。プロジェクトチームはまず、おでんの大根のデータ化に取り組んだ。おでんを転送するのが目的ではなく、別の素材で食感、味などを再現するには、どのようにデータを取得するかを検証するためだった。大根を選んだ理由は「一塊のシンプルな料理で、具材によって食感、味、形に変化が付けやすいから」という。

 「大根自体の味を再現するのは難しいが、大根の食感があって、しょうゆやみりんなどが染み込んでいれば、わりと大根だと認識できた」(榊さん)

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 その分、食感の再現に力を入れた。圧力センサーなどを活用し、食感、密度、水分量などを計測した。例えば「硬い芯の部分と外側のシャリシャリとした部分の違いを検証して、ゲル化剤の量を変えた」(榊さん)。本物に近い味や食感を再現でき「全員が大興奮した」という。

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「まだ1割もできていない」 課題が浮き彫りに

 大根の再現を検証したところで、SXSWに出展するため、榊さんらがターゲットに選んだ料理が寿司だった。理由は「海外でも評判が高い日本食」ということに加え、「あらゆる料理の中でも寿司の再現は難しいから」だった。「海老もシャリも、生鮮食品だ。生鮮食品から作った加工食品を使って、再び生鮮食品を生み出す。こんなに難しいことはない」(榊さん)

 SXSWでは、ロボットアームが5ミリ大のゲルキューブを積み上げ、握り寿司に見立てるデモを行った。ブースには人だかりができ「反響もすごかった」というが、榊さんは「まだ1割も再現できていない」と満足していない。突き詰める中で、課題が浮き彫りになってきた。

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 「実際に寿司を食べるときは、皿から口へと運ぶときに香りがある。味も、噛んでいる間の味、飲み込んだときに感じる味などさまざまだ」(榊さん)。そうした複合的な味に「いきなり到達するにはハードルが高い」という。少なくとも、味を再現するためのデータの収集には、膨大な時間や費用がかかる。

 榊さんらが開発を目指しているフードプリンタは、複数のカートリッジを備え、あるカートリッジからはある食材を何グラム、別のカートリッジからは異なる食材を何グラム、というように材料を出し、ゲルキューブを作り上げる――というものだ。「次にどの食材をどれくらい出すか、指示を出すアルゴリズムを作りたい。そのためには、開発陣がアルゴリズムに落とし込みやすいように、どのようなデータが必要かを考え、無駄なデータを取らないようにしたい」

 ハード自体の限界もある。現状では1貫が完成するまでに約20分かかる。1つ1つのピクセルが壊れないように積むとなると、ロボットアームの速度を上げ過ぎると成立しない。「抜本的にハードの在り方を変える必要があるかもしれない。ハード側に大きなイノベーションがあることを期待したい」(榊さん)

photo “解像度”も上げていく必要がある

 一方、榊さんは、近い将来に実現できそうな技術の例を挙げる。おでんの大根の例のように「見た目、香り、食感の掛け算で、人間の脳に思い込ませる」ことを利用する。例えば、仮想現実ヘッドマウントディスプレイ(VR HMD)を装着した人にプリンの映像を見せながら、プリンの食感を再現したものを食べさせる、というものだ。同時に香りを出したり、かんだときに鳴る音を耳元で流したりすると、より錯覚しやすいのではないかと、榊さんは期待する。

 「(本物の料理に)食感が近いピクセルの塊を購入し、VR HMDにビジュアルと香りのデータをダウンロードするというのが、直近では現実的ではないか」

「食のイノベーション」目指して

 榊さんらは、食の転送だけでなく「iTunes」のようなプラットフォームを作れないかと模索している。「さまざまな料理のデータをプラットフォームにアップロードしておき、世界中の人が手元にプリンタさえあれば、ダウンロードして出力できる。iTunesの料理版が実現できれば、食にイノベーションが起きる」

 料理がデータ化されれば、遠く離れた場所の恋人に手料理を届ける――といったことも可能だろうと榊さんは想像する。見た目や味は同じでも別の食材で代替できれば、宗教上食べられないものを避けたり、カロリーを抑えたりと、「個人の事情や好みにも対応できる」としている。

 料理を瞬時に届けるには、まだまだ時間はかかりそうではあるが、榊さんは「これから数年後を見据え、まずどの技術から着手すればいいかを考えている。第一歩が何かを選定し、開発に取り組んでいる段階だ」と話した。

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