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元フィギュアスケート選手とディープラーニングの華麗な出会い 「選手の役に立ちたい」社会人大学院生の挑戦これからのAIの話をしよう(スケート編)(2/5 ページ)

» 2019年04月12日 07時00分 公開
[松本健太郎ITmedia]

フィギュアスケートの勝敗を分ける「回転不足」

 そもそもフィギュアスケートにおいて、1つのジャンプの得点は「基礎点」(あらかじめそのジャンプに定められている得点)と、「出来栄え点」(GOE。+5〜−5の11段階評価。+5なら基礎点に+50%)で構成されます。試合は、このジャンプなどの技術要素の得点合計である技術点と構成点(いわゆる芸術点)、そして違反行為に対する減点の総計で争われるのです。

フィギュア フィギュアスケートにおけるジャンプの得点(資料提供:廣澤さん)

 「選手として、回転不足を含めた細かいミスの克服に課題を感じていました。ミスのメカニズムを競技力向上の観点から研究できないかと考えていたのが分析のきっかけです」(廣澤さん)

 廣澤さんの研究のモチベーションは、「あいまいな採点基準をAIで正したい」というよりは、「AIを使って選手の競技力向上に貢献できないか」という部分にあるようです。

 例えば、選手は練習を通じて「いまの練習では技術点は何点だったか」「いまのジャンプは回転不足か否か」が分からず、コーチでも正確な判断は困難だといわれています。

 野球のストライク判定に審判が必要なように、フィギュアスケートの採点も審判が欠かせませんが、練習に本番の審判が来るわけではありません。選手は試合に近い形でのフィードバックが受けられず、練習の仕方はコーチに頼らざるを得ないのが実態のようです。

 サッカーやラグビーのように「相手の陣地にボールを入れたら得点が入る」という分かりやすさはなく、一見しただけでは分からない細かな違い(ジャンプの回転不足、誤ったエッジでの踏切など)が結果を左右するというのに、試合本番しか採点が分からないというのは、なかなかつらい話です。

 「小さいころから競技をしていると、インストラクターについていけば良いという発想が出てくるので、中にはルールにあまり詳しくない選手もいます。指導する側も都度行われるルール改正の全てをキャッチアップできていません。そういった現状を見て、問題意識が醸成されました」(廣澤さん)

 自身の研究において、スポーツバイオメカニクスのアプローチに限界を感じていた廣澤さんは、2018年度から画像技術を専門にしている青木教授のもとで研究に取り組んでいます。

フィギュア 慶応義塾大学理工学部の青木義満教授(電子工学科、工学博士)

 青木教授は廣澤さんの研究テーマを聞いたときのことを「肌感覚で言えば、大変だと思いました」と振り返ります。

 「私たちの研究室では、これまでアメフト、サッカー、野球、テニス、バドミントン、水泳とさまざまなスポーツの分析にAIを活用してきました。機械学習全盛の時代ですから、データの質と量を重視します。きちんとデータが作れるのか、解けそうな課題設定になっているのかなどです」(青木教授)

 「フィギュアスケートの場合、まずデータを計測するのが大変です。回転不足自体が曖昧性のある判定で、人間でも迷うぐらいです。AIで解くと言っても、どこまでできるかが不安でした。ただ廣澤さんの熱量はすごかった。論文をさかのぼっても似たような論文が海外に2、3件程度しかない研究事例なので、やってみる価値はあると思いました」(同)

「回転不足」をディープラーニングで判定する難しさ

 先行研究が少ない中、廣澤さんは試行錯誤しながら研究を始めました。

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