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ASMRとふくらむスポンジ 理由はわからないが心地よい動画の謎動画の世紀(1/2 ページ)

» 2019年05月30日 08時15分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 「YouTubeの時代」訳者の小林啓倫氏が切り取る「動画の時代」、連載第4回目は、最近話題に上がりつつある動画カテゴリー「ASMR」について。


 もはや誰も「Web 2.0」などという言葉を使わなくなりましたが、それが指している変化、すなわち「誰もがネット上で自由に情報を発信できるようになること」は、私たちとコンテンツの関係を一変させました。いまや超有名な海外のセレブから駆け出しの地下アイドルまで、あるいは世界的なリゾート地から最近近所にオープンした居酒屋まで、誰かが必ずネットに情報を提供しています。そして私たちは、どんなニッチなテーマであっても、同じ趣味や嗜好、興味を持つ人々をネットで見つけることができるわけです。

 この傾向は、文字だけでなく画像や映像まで自由に発信できる時代が到来したことで、さらに加速しています。今回紹介する「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)」という動画のジャンルをめぐる動きは、それを最もわかりやすい形で示すもののひとつと言えるでしょう。

 実を言うと、ケヴィン・アロッカさんの『YouTubeの時代』(NTT出版)を翻訳していた際、最も奇妙だと感じていたのがこのASMRでした。翻訳中から日本のテレビ番組でも取り上げられることが増え、あちこちで目にするようになったので、ご存知の方も多いでしょう。日本語ではまだ定まった訳語は存在していないようですが、Wikipediaでは「自律感覚絶頂反応」というインパクトのある訳語のひとつが紹介されています

 いったいASMRとはどのような動画ジャンルなのか。本書の中でも例として取り上げられ、動画を制作したマリアさんへの取材も行われている、こんな動画を載せておきましょう。ひとつだけ先に言ってしまいますが、性的な内容を含むものではありません:

 いかがでしょうか。「性的なものではない」と書きましたが、正直なところ、性的なフェティシズムに関係するものではないかと感じられた方もいらっしゃると思います。実際、ケヴィン・アロッカさんも『YouTubeの時代』において、ASMRについて次のようにコメントしています。少し長くなりますが、引用しておきましょう:

ASMRのリサーチを通じて会話した人々のなかで、この現象について詳しく知らない人のほぼ全員が、ほとんど同じ反応を示した――「それって奇妙なフェチだね!」である。私もそれが第一印象であったことを、白状しなければならない。そしてASMR愛好家によるオンラインフォーラムで、それに反対する主張が繰り返されているにもかかわらず、私はASMRが新しい性的倒錯なのではないかとしばらく疑っていた。ASMR関連チャンネルのスターの多くが、魅力的な若い女性である。さらにあからさまにエロティックなASMR音声も、ウェブ上で簡単に見つかる。「ロールプレイング」しているものもごく一般的だ。それを考えると、ASMRをフェチの一種と見なしてしまいたくなるが、実際はそうではない。

 ということで、アロッカさんもはっきり断っているように、ASMRは「フェチ」ではありません(日本ではASMR動画が、性的な含みのない「音フェチ」という言葉で紹介されることも多いのでややこしいのですが)。何らかの刺激、多くの場合は先ほどの動画のような「特定の音」によって、高揚感が得られることを指している言葉です。

 本書の中では、医学研究者のニティン・K・アフジャが学術論文の中で行った定義として、「愛好家たちはこの感覚を、他人から受ける特定の刺激への反応によって生まれる、軽度の確実な高揚感で、頭部と脊椎に独特な『うずき』を伴うと描写する」との一文を引用しています。ただ学者の間では、これが本当に生理現象と呼べるものなのか、実在していると言えるのか議論が続いています。

 そんな科学的な定義や論争を尻目に、ASMR動画の人気は高まり続けています。この言葉が生まれたのは2010年だそうですが、Googleトレンドで調べると、2012年頃から検索キーワードとして使われるようになってきていることがわかります:

photo ASMRのGoogleトレンドでの推移

 いまやYouTube上には、ASMRをテーマとしたチャンネルが多数存在し、登録者数10万人を超える人気チャンネルも少なくありません。先ほどのマリアさんのチャンネル「Gentle Whispering ASMR」も、先ほど確認したところ、登録者数は160万人を突破していました。しかもASMRがテーマではない、マリアさんの個人チャンネル「Sassy Masha Vlogs」も、現在登録者数が約16万人となっています。

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