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「社会との繋がり持ちたい」 プレゼン音声読み上げソフトを自ら開発したALS患者に話を聞いてきた(2/2 ページ)

» 2019年08月20日 07時00分 公開
[山崎潤一郎ITmedia]
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「社会との繋がりを保ちたい」とプレゼンシステムを開発

 高野さんは「私が最も怖かったことは、身体が動かなくなることよりも、社会との繋がりが切れてしまうこと」だと明かす。高野さん自身、NEC中央研究所でITエンジニアやIT系スタートアップの経営者としての経歴を持っているので、デジタル系の知識は豊富だ。そこで、パソコンを駆使して自分の考えをプレゼンテーションする環境を構築しようと思いたった。

 ただし、課題があった。前述の視線入力システムだけでは、PowerPointのスライドをめくる動作とあらかじめテキストで準備した合成音声の読み上げを同時に行えないのだ。

 そこで、課題を解決するために「HeartyPresenter」という名のプレゼンテーションシステムをクラウドファンディングで支援を受けつつ、HeartyAIの開発者である吉村隆樹氏と共同開発した。

 HeartyPresenterは一種のシナリオ構築ソフトウェアで、作成済みのPowerPointファイルのスライドめくり等の動作をコントロールすることができる。「MS Office向けのOpenXMLで構築した」という。最大の特徴は、PowerPointの「ノート」部分に記述したテキストを合成音声で読み上げることができる点だ。筆者が観覧したイベントで高野さんが披露した、合成音声とスライドがリンクした見事なプレゼンテーションは、このシステムの賜物だ。

photo HeartyPresenterのシナリオ作成画面。PowerPointの「ノート」部分に記述したテキストをAWSのAmazon Pollyが読み上げてくれる(高野さん作成の資料より抜粋)

 HeartyPresenterの合成音声は、Microsoft Speech Engine、あるいは、AWSのAmazon Pollyのどちらかを選択して利用することができる。両者の発語を聴き比べるとAmazon Pollyの方が連続する文章において自然さを感じる。Amazon Pollyは、AWSの登録ユーザーあれば一定量を無料で試すことができる。

 高野さんは「このHeartyPresenterは自分のために開発したが、多くの患者さんに使ってもらいたい。プレゼンテーションを必要とする患者さんの数は限られているが、少しずつ問い合わせをもらっている」と明かす。さらに、視線入力ソフトの可能性についても「視線入力は、多くの重度障害者が社会に進出するきっかけを提供する。パソコンで文章を書くことで、会話に時間がかかる問題を回避できる」と付け加える。

スマートフォンは、パソコン経由で操作

 今回のインタビューにかかった時間は2時間弱。あえて事前に質問事項を送付するといった方法は取らなかった。イベントで目にした高野さんのパソコン操作を思い出し、その必要はないと判断したからだ。健常者の対面取材と同等の情報量を交換できたのかと問われると、その答えはノーだ。だが、対話が進みパソコンを通じた筆談に慣れてしまうと、コミュニケーション上は特段の違和感を覚えることはなかった。いや、今振り返ると、高野さんが回答を入力している間は、それまでの会話内容を咀嚼(そしゃく)することができ、充実感を伴うインタビューだったことに気付かされた。

 れいわ新選組の舩後靖彦議員の国会での活動を心配する向きもあるが、このような形でテクノロジーを駆使すれば、議員活動は可能ではないか。実際、舩後議員は、遠隔操作での意思疎通や視線入力などができる分身ロボット「OriHime」の導入を要望している。テクノロジーの補助があれば、文字入力は可能なのだから質問主意書を提出するという手段もある。質疑時間の割り当てが少ない会派にとって質問主意書は大きな武器であり立派な議員活動だ。

 最後に、今回紹介したシステム以外での高野さんのテクノロジー活用ぶりを紹介しておこう。テレビ番組の予約はネット接続したHDDレコーダーをパソコンの番組表から行う。もちろんすべて視線入力での操作だ。さらに、モニター前に置かれたAmazon Echo Dotを「アレクサ、音楽を再生して」と合成音声で操作して音楽を聴く。また、Instagramのようなスマートフォンでしか利用できないサービスは、パソコンにAndroid端末をUSB接続して専用ソフトを介して行う。ただし「長押しができない」点に不便を感じるそうだ。

 ITジャーナリストとしてALS患者への取材は初めての体験だったが、とても「生産性」に富んだ体験だった。

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