ITmedia NEWS > 社会とIT >

AI開発にまつわる紛争や訴訟リスクを減らすには? 弁護士が解説「STORIA法律事務所」ブログ(4/5 ページ)

» 2019年11月08日 07時00分 公開
[柿沼太一ITmedia]

2 損害賠償請求(双方の主張を一部省略しています)

 【原告の主張】

 ベンダーが学習済みモデルのソースコードをユーザに引き渡さずまたは開示しないことにより、X社は学習済みモデルのソースコードに関する著作権及び特許を受ける権利が行使できず損害を被った。そこで、X社はY社に対し、不法行為により損害賠償を求める。

 理由は以下の通り。

 (1)著作権について

 ・「納入物に関する著作権は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、甲より乙へ委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。」とされている(第45条第1項)。

 ・本件学習済みモデルは「納入物」の一部である「ソースプログラム」に含まれる。

 ・したがって、委託料の支払いがあれば、本件学習済みモデルの著作権はY社からX社に移転する。

 (2)特許を受ける権利について

 ・特許を受ける権利は、単独で当該発明等を行った場合には、その発明者が属する当事者に帰属し、共同で発明した場合には共有となる(第44条第1項、同第2項)。

 ・本件学習済みモデル自体はY 社が作成しているものの、本件学習済みモデルはX社が提供した生データ(=製品のサンプル画像1万枚)を元にして作成されたものである。また、学習用データセットを作成するときには、X社の知見が活用されており、またアイデアで解決すべき課題の設定もX社が行っている。

 ・したがって、本件学習済みモデルは、X社とY社が共同して発明したものであり、X社は特許を受ける権利を共有している。

 【被告の主張】

 (1)著作権について

 そもそもソースコードは「ソースプログラム」に含まれないから「納入物」に含まれず、そもそも第45条第1項の適用がない。

 仮に、「ソースプログラム」に含まれるとしても、学習済みモデルのソースコードは、その全部または一部を他に転用することが可能であるから、「汎用的な利用が可能なプログラム」に当たり、その著作権は被告に留保される。

 (2)特許を受ける権利について

 ・ソースコードの制作において、ユーザーの知見は提供されておらず、専ら被告が自己のノウハウに基づき単独で開発したものであるから、特許を受ける権利は被告に帰属する。

 ・したがって、ソースコードの特許を受ける権利は被告に帰属する。

 ・原告は事業上の課題を述べただけであり、技術課題は、被告が独自に設定し解決手段も自ら考案した。

コメント

これはとても面白い論点です(ちなみに、著作権や特許を受ける権利がどちらに帰属しているかの問題と、ソースコードなどの引き渡し請求権があるかの問題は別の問題です)。

 (1)著作権について

 まず著作権についてです。この点に関し、学習済みモデルのソースコードは納入物に含まれる可能性が高いのは前述の通りです。とすると、著作権に関する論点においては、学習済みモデルのソースコードが「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当するかどうかによって結論が左右されます。該当すれば著作権はベンダーに帰属しますし、該当しなければ著作権はユーザーに移転します。

 私が調べたところ2007年経産省モデル契約における「汎用的な利用が可能なプログラム」の意味について争われた裁判例は発見することができませんでした。

 手掛かりは2007年経産省モデル契約の当該条項の解説部分にあります(95頁)。具体的には以下の通りです。

 B案では、ベンダー単独で作成した著作物の著作権についてユーザーに譲渡することとし、原則としてユーザーに権利を帰属させる。ただし、ベンダーが将来のソフトウェア開発に再利用できるように、同種のプログラムに共通に利用することが可能であるプログラムに関する権利(ベンダーが従前より権利を有していたもの及び本件業務により新たに取得したものを含む)及びベンダーが従前から保有していたプログラムに関する権利は、ベンダーに留保されるものとする。ベンダーは、本契約の秘密保持義務に反しない限り、他のソフトウェア開発においても汎用プログラム等を利用することが可能となる。

 これは実質的にいうと「汎用的な利用が可能なプログラムに関する著作権をベンダーに帰属させることで、ベンダーにおける同種案件の開発効率が向上する。それは、開発委託費用の低減につながり、ユーザーの利益にもなる。ベンダーが秘密保持義務を順守すればユーザーに不利益はないはず」という考えが背後にあるものと思われます。

 そうすると、ここでいう「汎用的な利用が可能なプログラム」とは、「一切カスタマイズせずに、そのまま使いまわせるプログラム」とまで狭く解釈する合理性はなく、「若干のカスタマイズをすることで同種案件において使いまわしが可能なプログラム」という意味でとらえるべきではないかと考えます。

 そのような意味でとらえますと、学習済みモデルのソースコードについては、同じ学習済みモデルに別データで学習させることにより同種案件で使いまわすことが可能なので、「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当するのではないかと考えます。

 (2)特許を受ける権利について

 次に特許を受ける権利についてです。この論点は、結局、当該発明を誰が行ったのかという問題に帰着します。ベンダーが単独で発明を行ったのであればベンダーに単独で特許を受ける権利が帰属しますし、ユーザー・ベンダーが共同して発明を行った場合には、特許を受ける権利は共有となります。 

 これは「(共同)発明者の認定」に関する問題でして、よく裁判で争われる論点です。この点については、平成21年10月8日大阪地裁判決では「発明者」の意義について「発明とは『自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの』をいい(特許法2条1項)、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(同法70条1項)。したがって発明者(共同発明者)とは、特許請求の範囲の記載から認められる技術的思想について、その創作行為に現実に加担した者ということになる。また、現実に加担することが必要であるから、具体的着想を示さずに、当該創作行為について、単なるアイデアや研究テーマを与えたり、補助、助言、資金の提供、命令を下すなどの行為をしたのみでは、発明者ということはできない」とされています。

 したがって、ユーザが発明者になるかはケースバイケースですが、単にデータを提供しただけとか、委託料を支払っただけではユーザが発明者になることはないと思われます。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.