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大学の「有機化学」を学習できるスマホアプリ 自主制作した教授の狙い(1/2 ページ)

» 2020年01月20日 13時00分 公開
[林佑樹ITmedia]

 大学の講義や授業で使う教材といえば、長年支持されているその道の教科書か、あるいは教鞭を執る教授や講師自身が執筆した本というケースが多い。講義に用いるプレゼン資料をそのまま印刷して配布することもあるだろう。

 そんな中、講義の教材としてスマートフォンアプリを自主制作した教授がいる。東京農業大学で大学1年の有機化学を教える、松島芳隆教授だ。

 アプリは「有機化学 基本の反応機構」というタイトルで、iOSAndroid版を用意。反応式における矢印の意味といった基礎の基礎から、カルボニル基への求核付加反応、アルドール反応といった学部レベルで学ぶ有機化学の一通りの内容まで、動画で各章を学べるようになっている。日本語と英語に対応しているため、英語で学べば論文の読解や執筆にも生かせる。ここまで入って、価格は650円(税込)だ(iOS/Android版ともに)。

【更新:2022年10月15日午後3時 アプリの価格が記事掲出当初から変動したため、価格を更新しました】

「有機化学 基本の反応機構」(iOSAndroid

 講義の教材としては指定教科書もある。講義に用いているプレゼン資料は紙に印刷して配布もしている。既存の教材だけでも学ぶのに問題はなさそうだが、教材をアプリで作った狙いは? 松島教授に聞いた。

ただの絵では「矢印の動き」が分かりにくい

東京農業大学の松島芳隆教授(応用生物科学部農芸化学科)

 「授業では、アプリにあるようなスライドを見せています。もちろん、昔は黒板に書いていたのですが、面倒で。まずは講義内容を紙からPowerPointに移植し始めました」(松島教授)

 化学反応式を黒板に書くと時間がかかってしまい、学生側も書き写しに必死だった。また、スライドのコピーと自分のメモだけの場合、初学者の場合は反応の順序が分からなくなりがちで復習も難しくなる。先生側が板書で何かミスをした場合も、後からどこでミスがあったか調べたり周知したりするのが難しい。手書きで化学反応式を教えるのは、双方で効率が悪かった。

 「アプリの各項目は動画です。授業のスライドを動画にしたといってもいい。ゆっくり再生するので、分からなければ戻って見直すことができます。あるいは自分で動画を止めて、反応式を書いてみてから再生して、正解を確かめることもできます」

 「これが、ただの絵だと学習が難しいんです。イオンが炭素を攻撃して、炭素が脱離基を離す……という矢印の動きや順序が、慣れないと分からない。このアプリでは動画で反応の流れが分かるようになっていて、好きなところで動画を止められるから、自分で覚えていけます」

反応順に矢印が表示されていく アプリインストール時に動画は全てダウンロードされるため、再生時に通信量を消費することはない

 動画で反応を見返せるようにしようとしたのは、松島教授自身の体験からきている。学生当時にはもちろんスマホはなく、必死に書き写していたが、上述したような問題で学習が難しいと感じていた。そのため、教科書など紙の資料では分かりにくい部分をスライドやアプリで補おうと考えた。

 「このアプリがあると、書き写す時間が減るので、講義中は話を聞いてくださいといえるんですね。学生は話を聴きつつ、後でアプリを見て復習できる。黒板に書いて、書き写して、というのはやはりとても時間がかかります。板書もしながら頭を動かして理解するとなると、どうしても追いつけないという学生も出てきます」

 教科書は学ぶべきことを俯瞰して各論を読んでいけるが、紙面上の都合などで反応順序の詳細が省かれることもままある。講義に用いるスライドでは反応機構の省略されがちな部分まで動画で説明しており、それを後から何度でも再生して復習できるのがアプリ、という役割分担だ。

 上述したが、アプリは日本語だけでなく、英語表記にいつでも切り替えられる。「有機化学の研究をやっていくなら、『求核剤(nucleophile)』や『加水分解(hydrolysis)』といった重要な単語は日本語だけでなく英語でも覚えておいてほしいです。講義中にはいちいち英語を挟めないので、アプリを英語に切り替えることで学んでもらえたら」と松島教授は言う。

日本語表示英語表示 左が日本語表示、右が英語表示。交互に切り替えることで、必要な単語も覚えられる
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