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“量り売り”と拒否された音楽サブスク、いまや牽引役に

» 2020年03月27日 05時55分 公開
[山崎潤一郎ITmedia]

 かつて「音楽を無料で聴かせるなどもっての外」と徹底抗戦の構えでSpotifyの上陸を阻止していた最大手レーベル大物トップがいた。その人は、Spotifyが切り開いた、昨今の音楽サブスクリプションサービスの活況をどのような気持ちで見ているのだろうか。思えば、Spotifyが世界有数の音楽市場である日本進出をもくろんで日本オフィスを開設したのが2012年末。

 しかし、サービス開始は16年9月までずれ込み、その間、筆者を含め多くの音楽ファンは、「このままではSpotifyの日本パッシングという悪夢が!」とヤキモキしていたものだ。実際「Spotifyは日本進出を断念」という情報が業界を駆け巡ったこともあった。

photo Spotifyの日本でのローンチは2016年までずれ込んだ

 15年5月〜6月、Spotifyに先行する形で始まったAWA、LINE MUSIC、Apple Musicは、当初から有料サブスクを打ち出していたこともあり、メジャーレーベル側も聴き放題サービスへの抵抗を感じつつも、楽曲の提供を開始した。LINE MUSICとAWAは、大手レーベルが出資しているためか、件の大物トップをはじめとする各社も自らのヘゲモニーを維持できると考えたのであろう。

 パッケージメディアの時代は、特約店制度などを通じ、流通から販売の現場まで、大手レーベルは一定の影響力を行使することができた。しかし、Spotifyのような外資系プラットフォームに販売を掌握されてしまうと、ヘゲモニーの維持は難しくなる。「無料で聴かせるなどもっての外」というかたくなな姿勢の向こう側には、外資系IT企業に対する警戒感が露骨に見え隠れしている。

サブスクは、“音楽の量り売り”と拒否

 同じ外資系でもApple Musicに関しては、iTunes Storeにおけるダウンロード販売の実績と、有料モデルのみという安心感からサブスクをすんなりと受け入れたと想像できる。ただし、大物アーティストやマネジメントの中には「サブスクは“音楽の量り売り”」などの理由で楽曲の提供を拒み続けてきた例もある。

 このような保守的で後ろ向きな日本の音楽ビジネスの中で、後発とはいえ、Spotifyが、最大のアイデンティティーであるフリーミアム型で日本上陸を果たしたのは奇跡にも近い出来事だと感じたものだ。

 「日本だけ特別に有料コースのみでサービスを開始するなどの譲歩は考えていない」(関係者)とSpotify側も譲らぬ構えでレーベルを口説いていたかと思えば、「“無料”に対する拒否反応を和らげるためにフリーミアムという言葉を封印し、トライアル期間だけ無料にする」(関係者)など、あの手この手での懐柔を試みていたようだ。また、レーベルに対し「ン十億円の包括的な楽曲使用料を約束」といったうわさも聞こえてきたものだ。ただし、それをレーベル側が受け入れたのかどうかは定かではない。

 日本のレーベルの中には、Spotifyの早期の上陸を切望していたところもある。世界の潮流がサブスクに傾き、従来型音楽ビジネスの既得権を維持することが難しいと悟っていた業界人も多かったのだ。ただ、そうは考えていても、最大手レーベルのご意向に楯突いてまで「出る杭」になることは避けたいのが本音だったろう。Spotify側も、「最大手レーベルが首を縦に振ったら、雪崩をうつように他のレーベルも追従する」(関係者)ともくろんでいたようだ。

 レーベル各社がAWA、LINE MUSIC、Apple Musicの約1年半遅れてSpotifyを受け入れたのは、先行各サービスにおける、サブスクの実績やユーザーの動向を実体験することで、Spotify側が示す「数字」などに理解を示し、前向きに考えるようになった部分が大きいようだ。

サブスクが音楽ビジネスを牽引する

 その後の、サブスクの活況はご存じの通り。ただし、プラットフォーム側からすると、現状のユーザー数ではまだまだ、といったところであろう。各社ともに、正式なユーザー数を公開していないので推測の域を出ないが、Apple Musicに次ぐユーザー数を獲得しているLINE MUSICの18年12月期の決算公告を見ると、73億6200万円の売上に対し、約20億円の純損益を計上している。

 「超」がつく薄利多売ビジネスだけにさらなるユーザーの積み増しが急務といったところだ。その点、Apple Music、Spotify、Amazon Prime Musicといったグローバル系サービスは、スケーラビリティの点で優位に展開できるものと思われる。

 一方、音源を提供するレーベル側からすると、こと販売という部分ではパッケージメディアと異なり初期コストが発生しないため、販売チャンネルの多岐性という部分でサブスクの活況は大歓迎といったところだろう。現在では、サザンオールスターズ、中島みゆき、井上陽水、松任谷(荒井)由実、福山雅治、Mr.Children、椎名林檎、嵐といった大物が続々とサブスク解禁を果たし、欧米のようにサブスクが音楽ビジネスを牽引(けんいん)する状況になるつつあるようだ。それは数字にも現れ始めている。

photo 日本レコード協会のデータから筆者が作成

 日本レコード協会のデータによると、音楽配信における2019年の売上実績(金額ベース)は、対前年比で110%の伸びを示し、706億円で6年連続のプラス成長だという。中でもサブスク系ストリーミングサービスが市場の伸びを牽引、前年比133%成長で465億円とダウンロード市場(225億円)の約2倍にまで成長した。図版のように、音楽配信の売上別シェアでは、32%のダウンロードに対し、ストリーミングは66%にまで成長している。

 音楽著作権の使用料についてもサブスク効果が見て取れる。18年度は、音楽配信全体で127.1%(17年度比)の伸びを示し、その中でサブスクだけの数字を見ると、174%も増加している。19年度はさらなる伸びが期待できるであろう。

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