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ARMの誕生 〜Sinclair、BBCからNewton、Symbianへ〜RISCの生い立ちからRISC-Vまでの遠い道のり(2/4 ページ)

» 2020年06月08日 08時42分 公開
[大原雄介ITmedia]

 さて、BBC Microの成功によってAcornは1983年度に860万ポンド(1983年末の換算レートで言えば27億9000万円)ほどの利益を上げるに至る。この段階でもう開発会社と製造会社を別にしている意味がない、としてCPU Ltd.は解散され、新たにAcorn Computer Group Ltd.として1984年にロンドン株式市場に上場を果たす。

 それは良いのだが、アメリカでは1981年にIBM PCが、1983年にはIBM PC/XTが登場しており、特にIBM PC/XTのビジネス分野での成功を見てAcornも同じくビジネスマーケットに進出することを検討し始める。

 新しく発足したABC(Acorn Business Computer)ではまず6502ベース、次いでZ80やTIのNational Semiconductorの32016、さらにはIntelの80286などを採用したマシンをビジネス向けに投入するが、どれもいまひとつであり、Acornは「より高速かつ強力なプロセッサが必要」と判断する。

 ただ6502の設計を担当していたWDC(Western Design Center)は、事実上ビル・メンシュ氏(6502の設計者。他にMC6800の設計者としても知られている。WDCのCEOも務めていた)一人が設計を行っている状態で、より大規模なプロセッサを開発する能力はないとAcornは判断。自社開発に舵を切る。

 このきっかけは、Berkeley RISCに関するホワイトペーパーをAcornのエンジニアであったスティーブ・ファーバー氏とソフィー・ウィルソン氏が見て、「行ける」と判断したことだ。

 ウィルソン氏は命令セットの開発に着手するとともに、BBC Microのセカンドプロセッサ上で動作する新プロセッサのシミュレーターを開発。これをハウザー氏に示し、本格的にプロセッサの開発を進める許可を得る。

 1983年10月に新プロセッサ開発プロジェクトがスタート、VLSI Technologyに製造を委託し、最初のシリコンが1985年4月に完成した。これがARM1(アーキテクチャはARMv1)であるが、市販されることはなく、システムの評価やソフトウェアの移植、更にはARM 2の開発用機材(EDAツールというか、回路CADがこのARM 1ベースのマシンに移植されて利用されたそうだ)としてのみ利用された(BBC MicroにこのARM 1ベースの拡張カードが装着されて利用できたそうだ)。

photo ちなみにARM1はまだCPU機能のみであり、他にVIDC(Video Controller)/IOC(I/O Controller)/MEMC(Memory Controller)というサポートチップが必要だった。これもロンドンのScience Museumで展示されていたもの

 最終的に完成した製品向けチップであるARM2(命令アーキテクチャはARMv2)は、1987年にAcorn Archimedesに搭載される形で出荷された。

photo Acorn Archimedes。Acorn Archimedes 400/1シリーズ。8MHz駆動のARM2を搭載、4.5MIPSを実現する。メモリは512KB〜16MBで、同社のRISC OSが動いた。価格は800ポンドからとされている。出典はWikipedia

 ただ、Acornはせっかく上場したにもかかわらず、そこで得た資金を生産調整(1983年に発表した、Acorn Electronという低価格モデルの量産が間に合わず、結果として25万台ほど売れ残った)やARMプロセッサの開発資金(1987年までに合計で500万ポンドを費やした)につぎ込み、足が出た状態になってしまった。結局AcornはOlivettiに買収される。Olivettiはまず1985年2月に1200万ポンドでAcornの発行済株式の49.3%を買収。9月までにこれを79%に増やして、完全子会社化されることになった。

 さて、このあたりからARMプロセッサの方向性が少し変わり始める。ARM2に続いて1989年に登場したARM3は、ARM2を高速化(8MHz→25MHz)するとともに4KBのUnified Cacheを搭載して性能を13MIPS(ARM2は4MIPS)まで引き上げた製品で、これはAcorn Archimedesの後期型(R2xx/A4/A5000)に採用されたが、それとは別にActive Book向けの省電力版として、スタティック回路(CMOSの回路構成方法の一つ:動作周波数を0まで落とすことが可能なので、省電力化が容易に実現できる)版ARM2も開発する。

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