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ARMの誕生 〜Sinclair、BBCからNewton、Symbianへ〜RISCの生い立ちからRISC-Vまでの遠い道のり(4/4 ページ)

» 2020年06月08日 08時42分 公開
[大原雄介ITmedia]
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GSM携帯の到来

 これが一転するのは1993年である。2Gの携帯電話市場(GSM)を立ち上げるにあたり、NokiaとTIはGSM向けのチップセットについて話し合いを行っていた。TIはARMベースのCPUを利用することを強く勧め、一方Nokiaは32bit命令を利用することでメモリ利用量が増えることを強く懸念した。

 当時ARMは既にARMv3ベースのARM7をリリースしていたが、このNokiaの要望を受け、1994年にARM7TDMIを投入する。TDMIとはT(Thumb:16bit縮小命令)D(Debug:オンチップデバッグ)M(Multiplier:ハードウェア乗算器)I(ICE:オンチップICE)を意味しており、これを搭載したものはARMv4(ARM7はARMv3)と分類される。

 このThumbは命令長を16bitに縮小した32bit命令のことで、これによりNokiaが満足する低いメモリ利用量が実現可能になった。

 かくしてTIのGSMチップセットとNokiaのSymbian OSがGSM携帯の標準構成となる。GSM対応のチップセットは他のメーカーからも多く投入されたが、GSM携帯の実現にはSymbian OSが事実上必須であり、そのSymbian OSが対応するプラットフォームがARMのみ、ということでこれを受けてさまざまなメーカーがARMからライセンスを取得、携帯電話向けチップセットをリリースするようになる。

 長期的に見れば、このNokiaのSymbian OSのサポートがARM急成長の最大の要因ではあるのだが、このきっかけになったのはAppleのNewtonへの採用であり、そのきっかけはActiveBookにある訳だ。

 こうした背景を持つこともあり、ARMのプロセッサは常にバッテリー寿命のある省電力機器向けであることが多かった。携帯電話以外にも、非常に小さな機器(それこそボタン電池で動くようなもの:昨今だとIoT機器とか呼ばれる類のものだが、当時だからスタンドアロン動作)にもARMプロセッサは多く使われるようになった。質より量、というのは言い過ぎかもしれないが、

  • 低消費電力:何しろバッテリーで駆動されるから、少しでも消費電力は低く
  • 低コスト:大量生産なので、携帯電話向けはともかく、それ以外は製造コストの安い、大きめのプロセスが選ばれる。ということは最新プロセスに比べてダイサイズは大きめになるので、あまり回路規模が大きくないことが求められる。逆に言えば、小さい回路でもそれなりに性能が出ることが必要

といったことが最優先になる。

 こうした用途に向けてARMはARM 7/9/11といったチップのIPを提供していた。もっとも2000年頃までは、IPの提供と並行して、ファウンダリ(VLSI Technologyを使うことが多かった)製造のチップそのものをARMが販売することもあったが、1998年のARM940Tあたりがそうしたチップ販売の最後で、その後はIP売りのみに切り替わっている。

 2003年にはそれまでのUnified Architectureを一新。Cortex-A/R/Mという3種類のアーキテクチャに分離して、それぞれ独立にIPを提供する形に切り替わっている。アーキテクチャもARMv4を経て、ARM9EとARM10でARMv5、ARM11でARMv6をそれぞれ提供。Cortexアーキテクチャは原則ARMv7(Cortex-M0/M0+/M1のみARMv6)になり、更にARMv8でアプリケーション向けは64bit対応を果たしている。

 ARMv7まで、というか正確に言えば32bitのARMの命令セットはお世辞にもきれいとは言えないし、もう大分RISCっぽくなくなっている部分もあるが、例えば最新のARMv8-Mに準拠するCortex-M23ですら数万ゲート(Cortex-M0が12K〜25Kゲートで、平均17Kゲート程度であり、Cortex-M23は平均30Kゲート未満とみられている)という小ささは依然として有効だし、相変わらずスマートフォン向けのCortex-Aは、コアあたりの消費電力を1〜2W程度(タブレット向けはもう少し大きい)という厳しい枠の中で最大限の性能を引き出すように設計されている。

 そんな訳で、RISCの特徴を低消費電力に振った最初のアーキテクチャがARMと言ってよいかと思う。

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