新型コロナウイルスの影響は、筆者のような弱小の音楽制作事業者にも少なからず影響を及ぼしている。録音のためのホールやスタジオがこれまで通りの体制で利用できないのは仕方ないとしても、アルバムのマスターを完成させるまでのさまざまな作業工程においても、感染防止に気を遣う必要がある。
顕著な例は、関係者が一堂に会して立ち会う編集・ミキシング作業だ。筆者の場合、コロナ自粛が本格化する以前の2月に品川区のホールで録音した音源の制作工程を5月から6月に進めなければならない案件があった。
だが、この作業は、アーティスト、プロデューサー、エンジニアなど、複数の人間が編集室に長時間、しかも複数日にわたり集合して、顔を突き合わせて行う必要がある。絵に書いたような「三密」だ。
そこで、なんとかリモートで作業できないものかと考えたのが、これからご紹介する、「リモートによる立ち会い編集・ミキシング作業」だ。平時なら、「意思疎通ができない」「微妙なニュアンスが伝わらない」などと、関係者から一笑に付される可能性大だが、非常時だけに、全員が筆者の提案を受け入れ、実施にこぎつけた。
結果は大成功。アルバムのマスターを無事に納期までに仕上げ、プレス工場にデータ納品することができた。終了後、関係者も「できるよね」「問題ないね」と賛同の意を表してくれ、ニューノーマル時代の作業手法を1つ確立することができた。
筆者は、主にクラシック系のアコースティックな音楽をホールで収録する仕事が多い。今回のアルバムも、シベリウスやシューグレンといった北欧作曲家の作品を、ピアノとバイオリンのデュオで演奏したものだ。複数のテイクを録音し、各テイクから、ミスのない部分、演奏的に優れた部分を抜き出して、つなぎ合わせて、OKテイクを完成させる。
耳の優れた一流演奏家の音に対する要求は高い。特に、自分で演奏した音源を切り貼りするわけだから、つなぎ目に少しでも違和感があれば、OKが出ない。編集ポイントを数ミリ秒単位で移動しながら幾度も再生して確認することなど普通だ。
5〜7分の長さの曲に対し30カ所以上の編集を実施したり、特定の1音だけを貼り付けるといった、神経をすり減らすような作業の連続だ。当然、密なコミュニケーションが要求される、そんな作業をリモートでできるのか不安だった。
まず考えたのは、定番ビデオ会議ツールである「Zoom」を利用すること。Zoomの入力ポートにDAW(音楽制作ソフト)の音を直接入力し、意思疎通のためトークバックは、編集作業を実施するiMacの内蔵マイクからの音声をミックスすればよい。
「Loopback」というmacOS内でオーディオを仮想的にルーティングするソフトウェアを利用し、下図のような「Pro Tools to Zoom」という名称の仮想オーディオ装置を設定した。また、Zoomの音声設定で「ステレオを有効にする」にチェックをつけることで、ステレオ音声を送信できる。
だが、この考えは甘かった。Zoomの音声コーデックが音楽向きでないためか、リスニング(受信)側は、満足できる音質でモニターすることができない。また、相手の通信環境にも左右されるため、音声が途切れたり、ノイズが頻繁に混入する現象も見受けられた。人の会話なら音声の瞬断も気にならないのだが、音楽のように連続的に音声が流れてくるものは、Zoomでは厳しいのかもしれない。
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