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AIに負けるな──イーロン・マスク「Neuralink」の狙いは「人類の能力の拡張」 脳を読み取る「ブレイン・マシン・インタフェース」開発の今(2/4 ページ)

» 2020年11月25日 07時00分 公開
[平井祐希ITmedia]

AIが人間を追い抜くなら人間の能力も拡張すればいい

 8月の発表では、頭に埋め込むワイヤレスチップ「Link」と、自動手術ロボット「V2」が発表された。Linkは、頭蓋骨に開けられた穴に蓋をするように設置し、患者の体温・血圧・運動状況などをモニタリングする。これにより、脳卒中や心臓発作などの早期警告を提供するという。

頭に埋め込むワイヤレスチップ「Link」

 マスク氏は「この埋め込み型のデバイスによって、ほとんどの人が人生の中で経験する脳の異常、つまりうつ病や睡眠障害などの神経症や認知症、脳の損傷といった多くの症状を将来的に全て解決できる」と述べた。デモンストレーションでは人ではなく豚の頭に埋め込んだデバイスが披露されたが、同社は既に米国食品医薬品局(FDA)と協力して人を対象とした将来的な臨床試験の準備に取り組んでいる。

 こうして聞くと脳の医療に関する課題を解決することがゴールのように思えるが、それは一つの側面でしかないようだ。イーロン・マスク氏がブレインテック事業に取り組む大きな理由の一つは、人間の能力の拡張にあると筆者は考える。

AIについて以前から危険性を警告

 マスク氏は以前からシンギュラリティ(技術的特異点)がはらむ危険性について警告していた。シンギュラリティとは、近未来に訪れるとされる、AIが自ら人間より賢い知能を生み出すことが可能になる瞬間のことだ。

 同氏はニューヨーク・タイムズのインタビューで、早ければ2025年にはAIが人間を追い抜く可能性を示唆し、その前にAIのセーフティ機能について理解する必要があると主張している。

 また彼は、オープンソースで親和性が高いAIを、人類全体に有益な形で注意深く開発を推進することを掲げている非営利団体「OpenAI」の設立者の一人でもある。

 AIの能力が人類を超えることを警告するだけではなく、それならば人類の能力も拡張すればいい、という発想がNeuralinkのブレインテック事業の根底にある。このことは、イベントで発信されたメッセージにも表れていた。

 Linkは、コンピュータやモバイルデバイスを脳で直接制御できるように、重度の脊髄損傷を持つ人々を支援することが「最初の応用」であるという。将来的には健康な人も気軽に利用できる、非医療分野のアプリケーションへの応用も見据えているとしている。

 人間の失われた能力を補完するだけにとどめるのか、あるいは人間の能力を超えるほど拡張するのがいいのかという話は、「トランスヒューマニズム」の分野でしばしば議論されるが、本質的には同じことだ。

 例えば事故で右手を失った人に義肢をつけるのは補完で、2本ある腕に追加で3本目のロボットアームをつけるのは拡張だ。では、失われた右手に対し本来の腕より優秀なロボット義肢をつけるのは補完なのか拡張なのか。答えはどちらでもあるといえる。能力の補完と拡張は定義の問題で、LINKについても人間の能力の補完ができるなら、能力の拡張にも利用できることは間違いない。

医療からスタートする理由

 最終的な目的が人間の能力の拡張にあるとしも、いきなりそこを目的としたサービスを展開するわけにはいかない。頭にチップを埋め込む行為そのものに強く拒否感を持つ人も多いだろう。

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