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成層圏から地球が見えた! 8年ぶりに回収された気球の映像を楽しむポイント(1/2 ページ)

» 2020年11月24日 11時22分 公開
[堀正岳ITmedia]

 スマートフォンやビデオカメラを搭載して放球された気象観測用の風船が8年ぶりに発見され、撮影された成層圏の映像が無事に残っていたという動画が話題になっています。

放球時の様子
気球で撮影した動画(下方カメラ)
気球で撮影した動画(水平カメラ)水平カメラ

 2012年11月18日、この撮影を行ったのは当時、飯田工業高校の機械科に在籍していた8名の学生です。風船に吊り下げられた発泡スチロールの容器には水平と直下を撮影するカメラ2台と追跡用の装備が積まれており、関東平野のどこかに落下したところを回収することを目指していました。

 しかし着地直前になって通信が圏外になってしまったために正確な落下位置が分からず、行方不明になってしまったのが8年前のことでした。それが2020年11月になって森林を管理している業者によって発見され、回収に至ったのです。

 この気球がたどった具体的な軌跡や詳細な映像の分析はデータに基づいて彼らが今後行うでしょうから触れずにおきますが、ここでは動画をより楽しむための気象学的なポイントについてご紹介したいと思います。

堀正岳(ほりまさたけ)

研究者・ブロガー。北極における気候変動を研究するかたわら、ライフハック・IT・文具などをテーマとしたブログ「Lifehacking.jp」を運営。「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOWAKA)など、知的生産、仕事術、ソーシャルメディアなどについて著書多数。

気球による高層気象観測

 気球による高層気象観測は毎日、全世界で行われています。通常は純度の高いヘリウムを充填した気球に、気球自体の影響を受けないくらいの距離を置いて測器を吊り下げ、大気の気温や湿度などを測ります。また、気球自体の動きをGPSで追跡することで、風向風速も観測できます。

 こうした高層気象観測を毎日行っているからこそ、天気予報を行う数値予報モデルに正確な情報が入力され、天気予報の精度が向上するという仕組みになっています。

 気球は上空に浮かび上がると、次第に周囲の空気の気圧が低くなるために膨張します。気球の大きさ、ヘリウムの充填度などによりますが、どんどんと膨張した気球はやがて成層圏に到達した辺りで破裂し、観測機材は地上に落下します。

 放球のときの写真をご覧いただくと、学生たちが手にしている発泡スチロールの容器と気球とのちょうど中間に華やかな色の布のようなものがみえます。これはパラシュートで、気球が破裂したあとに容器が安全にゆっくりと地上に降りる仕組みになっています。

photo 放球のときの写真

 当日の気象場(気象の物理量の空間的広がり)もみておきましょう。こちらは大気下層の代表的な高さである850hPa(高度約1.5km)の風向・風速です。

photo 当日の気象場(高度約1.5km)

 色は風の強い場所を表現しています。青い点で示したのは気球を放球した場所です。実際の気球の位置はここからみて東、つまり右側のどこかということになります。

 この日は前日に低気圧にともなう寒冷前線が通過した後で、東京では木枯らし一号が観測されるなど、強い季節風の影響がみられました。しかし放球場所として選ばれた福井県・永平寺町は図を見る限り季節風の軸からは若干外れており、風が相対的に弱めになっています。

 気球が500hPa(高度約5.5km)・250hPa (高度約11km) に達すると、このような風の分布になります。

photo 当日の気象場(上:高度約5.5km、下:高度約11km)

 上空になるにつれて西風は強まり、気球は一気に東へ流れたはずです。この風にうまく乗れば、気球は関東平野北部まで到達したあたりで破裂し、回収が期待されます。

 この日の本州付近の高度方向の風速プロファイルをみると、上空に強い西風がみられますので、放球後に強い西風をとらえて東向きの距離を稼ぐことが期待できました。

photo 気球の動きと高度、風速の関係

 しかし、おそらく風の軸が放球地点よりも北側にあった影響で、放球後の早い段階で強い西風を捉えられなかったために、気球は諏訪湖の上空あたりに到達したところで水平速度が弱まり、最終的には山間部に落下してしまったようです。

 気球がたどった実際の三次元的な軌跡は、回収された測器のデータや、映像を詳細に分析することで明らかになることが期待されます。

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