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AIを活用する新型コロナウイルス対策ウィズコロナ時代のテクノロジー(2/2 ページ)

» 2020年11月27日 12時50分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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より正確にCOVID-19を診断する

 このレンセラー工科大学のAIは、COVID-19の症状に関する予測を行うと同時に、より正確な診断を行うものであるといえるだろう。このように、診断自体の精度を上げるためにもAIの力が活用されるようになっている。

 「AIを病気の診断に利用する」というアイデアは、既にさまざまな実績が生まれている。例えば1月には、Googleのヘルスケア部門Google Healthから、AIを乳がんの検出に活用するという論文が発表されている。これはマンモグラフィー(乳がんを早期発見するために乳房をX線撮影する手法)で得られた画像データを教師データとしてAIをトレーニングし、その診断を可能にするというもので、6人の人間の放射線科医と比較した研究では、AIは彼ら全員より正確に乳がんを特定したそうである。

 こうした手法を、COVID-19の診断にも応用することができるだろう。例えばGoogleの取り組みと同じように、X線写真の画像(この場合は肺を撮影したもの)をAIに与え、より精度が高く短時間でCOVID-19の症状が把握できるようにするという研究が行われている。また特にCOVID-19において期待されるのが、無症状感染者の把握だ。

 京都大学の山中伸弥教授が開設している、新型コロナウイルスに関する情報を発信するサイトによれば、このウイルスに感染しても症状が出ない人の割合は、現在は30〜50%程度であると推定されている。そうした無症状の感染者は、自分が新型コロナウイルスに感染しているという意識がないため、無自覚のうちに他の人々も感染させてしまう可能性がある。そこで何らかの形で大規模な検査を行うことが望ましいが、PCR検査のように現在一般的な手法では、検査にかかる手間や時間、コストなどの面でハードルが高い。しかしAIを活用することで、人間では把握できないようなわずかな情報から、COVID-19の感染を効率的に把握できるかもしれないのだ。

 MITの研究者らが発表した論文によれば、被験者の咳の音声から、COVID-19感染の有無を判断できる可能性がある。この研究チームはこれまで、携帯電話で録音された咳の音声から、ぜんそくや肺炎の症状を把握するという研究を行ってきた。またアルツハイマー病についても、この病気が声帯の衰弱をもたらすことから、咳の音声で初期症状を把握するアルゴリズムを開発してきたそうである。そして今回のパンデミックに遭遇し、COVID-19感染者の特定に役立てられないかと考えたというわけだ。

photo MITの研究チームが発表した論文

 研究チームは、既にCOVID-19であると診断されている患者からのものを含め、できるだけ多くの咳の記録を収集。その結果、健康な人による咳(病気ではないため空咳になる)を含め、約20万回に相当する咳のデータが集められた。この中から4000件のデータを選んで教師データとし、AIをトレーニングしたところ、新型コロナウイルスへの感染が確認された人々からの咳の98.5%を特定でき、全ての無症状感染者の咳を正確に検出することに成功したそうである。つまり現在、COVID-19の判定に使われている症状が現れていない段階の感染者であっても、COVID-19が引き起こすわずかな音声への影響を拾って、正確な診断が行える可能性があるのだ。

 携帯電話で記録された音声でもOKであれば、検査のために物理的に移動したり、病室などの閉鎖空間に入ったりすることが回避できるようになる。もちろんまだその正確性は慎重に判断されなければならないとはいえ、こうしたAIが実用化されれば、より手軽に多くの人々が検査を行えるようになり、無自覚のまま新型コロナウイルスをまき散らしてしまうリスクを大幅に抑えられるようになるだろう。

誤った判断を避けられるか

 こうした新型コロナウイルスや、COVID-19という病気自体をAIで分析するという手法は、さまざまな治療法やワクチンの開発にも役立てられるようになっており、パンデミック克服への期待を支えている。一方、医療分野におけるAIの活用により、まったく別の問題が生まれる恐れも指摘されている。

 8月、医療情報学の学術誌『Journal of the American Medical Informatics Association』に、“Bias at Warp Speed: How AI may Contribute to the Disparities Gap in the Time of COVID-19”(ワープスピードのバイアス:COVID-19の時代における格差にAIがどう寄与するか)というタイトルの論文が掲載された。これはスイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究者らがまとめたもので、タイトルの通り、AIによって「バイアス」(偏見)が発生する可能性が論じられている。

 AIとバイアスの問題については、既に多くの専門家によって指摘され、具体的な事例も発生している。例えば8月には、英国がAIを活用したビザ申請審査システムの使用を中止すると発表している。これは外国から英国を訪れようとする人々が行ったビザ申請について、どれを迅速に審査すべきかを判断するというシステムだったが、国籍を判断材料の一つとすることで、先進国の住民が多い白人が優遇され、途上国の住民が多い有色人種が不利益を被るのではないかという可能性が指摘されていたためだ。

 英国政府はこのAIに人種的なバイアスが含まれている可能性を否定しているが、「無意識のバイアス」が発生していないかを調査した上で新たなバージョンを開発するとしている。

 このように、先進国の政府や大手IT企業であっても、AIから偏見を100%排除することは容易ではない。ましてや個々の医療機関が、COVID-19対策を急ごうと焦ってAI開発に取り組んでいる状況では、質の低い判断をするアプリケーションが生まれてしまう可能性はさらに高くなる。

 前述の論文を執筆した研究者らは、人工呼吸器やICUといった貴重な医療リソースの割り当てを最適化するAIなど、COVID-19に関して各種の予測や判断を行うシステムを実際に検証した。すると学習に使用されたデータサンプルが適切でなかったり、完成したモデルに問題が含まれていたりといった例が確認されたそうだ。これまで、純粋に症状に基づいた判断ではなく、(あってはならないことだが)人種的な偏見から特定の人種や国籍の人々への医療リソースが控えられる傾向があった場合、それを追認するようなAIが生まれてしまうのである。

 こうした事態を回避するためには、AIをトレーニングする際のデータを適切なものに整えたり、いわゆる「説明可能なAI」(何らかの判断を下した際に、その理由を人間が把握できるAI)を実現するようにしたりといった取り組みが求められる。また先進技術を活用した高度なCOVID-19対策へのアクセスが、特定の社会集団のみに与えられるといった事態も避けられなければならない。そうした対策が並行して行われることで、初めてAIの真価が発揮されるだろう。

 AIを活用したCOVID-19対策(それには前述の通り、医療や治療の面だけでなく社会的な面も含まれる)については、ここで取り上げたもの以外にも新たなアイデアが続々と登場しており、具体的な効果が出始めているものも少なくない。

 その意味で新型コロナウイルスの流行は、人間とAIが協力して立ち向かった、史上初めてのパンデミックとなるだろう。実際に、米ペンシルベニア大学バイオメディカル・インフォマティクス研究所のジェイソン・ムーア博士は、ワシントンポスト紙の取材に対し、20年前であればこのウイルスによって世界は危機に瀕(ひん)していただろうが、AIと機械学習によって「私たちの努力次第で切り抜けられるかもしれない」と述べている。そして今回の経験は、これから現れる未知のウイルスとの戦いにおいても活用されるに違いない。

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