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コラム
» 2021年01月07日 15時48分 公開

なぜ「こたつ記事」は増えたのか 10年前に作った言葉がにわかに注目を集めた理由

新聞報道を機に注目を集めた「こたつ記事」。この言葉はちょうど10年前に筆者が造語したものだった。

[本田雅一,ITmedia]

 ある日、Twitterで質問を受けた。

 「突然失礼します。2020年12月19日の朝日新聞に以下の記事が載ったのを契機にコタツ記事の語源を探したのですが、twitter上では2010年の本田様のこのツイートより前に該当例は無いようです。コタツ記事はそちらの造語でしょうか? これ以前に何か例があったりしますか?」

 すごく懐かしい話だ。確かにこたつ記事という言葉はちょうど10年前に筆者が造語したもので間違いない。ネットスラング的にテキトーに作った本人の預かり知らぬところで支持されたのか、Twitterでも「#コタツ記事」は定番ハッシュタグの1つになっているようだ。

 にわかに注目を集めた理由は、朝日新聞が「やめられぬ『こたつ記事』 スポーツ紙が陥ったジレンマ」という記事を掲載したことだ。コロナ禍で取材が思うように行えない中、アクセス増を狙って著名人のSNS発言に取材や検証を加えず紹介した記事を批判している。

こたつのイラスト(いらすとや)

「こたつ記事」という言葉が生まれた背景

 こたつ記事という言葉をネットで始めて使ったのは2010年の12月。経緯はTogetterにまとめられていた

 この中で筆者は「こたつ記事というのは、ブログや海外記事、掲示板、他人が書いた記事などを“総合評論”し、こたつの上だけで完結できる記事の事を個人的にそう呼んでます。自分たちでこたつ記事が優れていると宣言している方もいれば、言ってない方も。柔らかな言い方をすると“文献派”の方々」と説明している。

 いわば文献を集めて論理を組み立てる人たちの手法をインターネットの時代に適合させたのがこたつ記事で、個人的には「こたつ記事=質が悪い」とは考えていない。ネットのない時代から直接の取材なしで書かれる記事は多く存在し、中には質の高いものもあった。

 逆に取材したからといって質の高い記事になる保証はない。ジャーナリストという仕事柄、取材の現場で自らが描きたいストーリーを補強するため同じ質問を別角度からしつこく繰り返し、相手の失言を誘って言質をとろうとする記者を何度も見てきた。

 一方で10年前に一部のこたつ記事や、そうした記事の多いサイトを気持ちよく見ていなかったことも事実だ。ぬくぬくと暖かい部屋の中で労せず記事を書いている、とイメージしたことも否定しない。だから“こたつ”記事なのだ。

 実はTwitterでこたつ記事発言をしたとき、筆者の頭の中にはあるテクノロジー系のメディアがあった。自分が直接取材して聞いた内容と食い違う記述が散見され、ネット上の報道や発表内容の引用が極端に多いメディアだった。当時の編集長がネットで情報を集めて書くことを推奨し、「足でかせぐ取材より情報精度が上がる」といった内容の発言をしたことにも疑問を感じていた。

 例え話がちょっと古くなるが、映像系光ディスクの規格争いを憶えているだろうか。「Netflix」などのネット動画配信サービスが登場する前の2000年代、国内外の電機メーカー各社がBlu-ray DiscとHD DVDという2つの陣営に分かれ、次世代光ディスク標準を巡って激しく争っていた。

2000年代の光ディスク規格争いを追ったITmediaの特集ページ。本田氏は国内外で精力的に取材を重ねた

 筆者は両陣営のメーカーに加え、映画会社や業界団体など規格策定に関わる人達に直接取材し、ほぼリアルタイムで状況を把握していた。しかし同じ企業の人間でも広報や他部署の人まで情報を共有できていたわけではなく、またプロパガンダのように流される情報もあり、この時期のメディア報道は極めて表面的だったり、今でいうフェイクニュース的な推測記事が出たりすることも少なくなかった。

 つまりネット検索で見つかる情報だけでは事実の端にも辿り着けない状況だった。それを知り、間近で見てきたからこそ、ネットの情報を信頼できるものと仮定して論旨を組み立てること自体を苦々しく感じていたのだ。

こたつ記事が増えた背景

 こたつ記事は粗製濫造しやすいことも批判の対象になっている。冒頭の新聞記事にあった例では、ネットの流行や人気タレントに注目し、あおり気味のタイトル(釣りタイトルと呼ばれる)をつければお手軽にページビューをかせげる。やっていることは、かつて問題になったバイラルサイト(SEOによる流入を利用して話題性のある記事でトラフィックを集めることを目的としたメディア)と同じだ。

 こたつ記事はそこから生まれる価値は低いものの、生み出すコストが安いため、悪貨が良貨を駆逐する状態を引き起こす。そうした状況を生み出す土壌が今のインターネットにはある。

 例えばインターネットの広告システムは(全てではないが)アクセス数とアクセスする人たちの属性で配分金額が決まる。ターゲットに近い読者層とアクセス数が稼げれば、その内容がどうであれサイト運営者は収益は得られる。オリジナリティの高さや内容の濃さといった数字では評価が困難な要素を評価する仕組みはない。

 コロナ禍もこたつ記事を増やす大きな要因になった。対面取材は大幅に制限され、多数の記者が参加するオンライン会見では突っ込んだ質問がしにくい。取材はできても表面的な内容になりがちで、苦々しく見ていたこたつ記事と大差ない記事になりかねない。新型コロナウイルス感染症の終息までこの状況は続くのだろう。

 人々の興味がどこにあるかを敏感に感じ取り、ネットで情報を集めて分かりやすい形に集約できれば、それは“良質なこたつ記事”と呼べるかもしれない。であれば対面ではなくても情報源への取材を組み合わせ、より有益な記事に昇華することもできるはず。今のメディアとそれに携わる人々には、そうした工夫が求められているのかもしれない。

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