このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
東京大学の研究チームが開発した「Taste in Motion: The Effect of Projection Mapping of a Boiling Effect on Food Expectation, Food Perception, and Purchasing Behavior」は、カレーなどの料理にプロジェクターで動的な沸騰効果を映像投影する手法だ。
これによって、カレー表面の質感が変わり視覚的にグツグツと沸騰しているような錯覚を見る者に与える。この効果が食欲や味覚などをどう変化させるのか、レストラン入り口にグツグツして見える食品サンプルとして置いた場合に購買意欲にどう影響するのかなどを検証した。
調理したばかりの鍋料理はグツグツと沸騰し泡が立ち、開けたばかりのシャンパンはシュワシュワと泡で満たされている。食品には動的な質感が欠かせない。これらの動きは、空腹感を刺激し料理への期待感を高め、料理にシズル感をもたらす。今回は、食品の動的な質感を再現するために、プロジェクションマッピング技術を用いる。
実験ではカレーがグツグツと沸騰する質感に焦点を当てた。テーブル面から300mmの高さに設置した3000lmの超短焦点プロジェクターを使用し、スキレットに盛り付けたカレーに映像を投影。被験者は椅子に座った状態で観察した。
沸騰効果を作成するために、まずカメラでカレーの沸騰する動きを録画。録画映像のうち、加熱前の映像と加熱中の映像をグレースケールに変換し、その差分を取り沸騰の運動パターンを抽出した。人の視覚では運動情報と色情報が別々に処理されたあとで統合されるという知見を活用し,白黒の運動パターンを投影することで実際にカレーが沸騰しているようにみせることができる。沸騰したカレーを自然に見せるために、画像処理とマスク処理、輝度調整を行い、カレーの部分だけに効果が及ぶようにした。
実験では、投影したカレーを食べる前に期待していた知覚(甘味、酸味、塩味、辛味、温度、おいしさなど)や価値判断(食べ物の値段、食欲など)と、食後に感じた知覚や価値判断を比較した。
検証した結果、食前(投影効果を見ている状態)は一部の知覚や価値判断(匂い、辛さ、価格、口当たり、食欲)が高まるものの、食後では食欲向上効果の継続以外はほとんど影響を受けないと分かった。食前は見る者の期待値を向上させられるが、食後は通常と変わらない食体験になることを意味する。
食欲などに影響を与えられる効果を考えると、広告目的での利用があり得る。そこで、入り口に料理サンプルを陳列しているレストランで実証的なユーザー調査を行い、沸騰する動作が購買行動(料理の注文率)に影響を与えるかどうかを調べた。
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