こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。
この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語ります。僕がさまざまな企業と共に実践しているSFプロトタイピングの事例はもちろんのこと、企業の先進的な事例、有識者へのインタビューなども加えてSFプロトタイピングの現状や取り組む方法、効果などをレポートします。
まずは「SFプロトタイピングって何?」というところから始めましょう。第1回目の記事ではSFプロトタイピングの概要を説明しました。2回目の今回は、メリットとデメリットについてお話します。
SFプロトタイピングで使う「SF」とは、そもそも何でしょうか?
多くの読者がご存じのように、SFとは「サイエンス・フィクション」、つまり「科学」に基づいた空想の物語を指します。とはいえ、実際には「科学」に限定せずファンタジー的なものもSFと捉えるなど、かなり広義に解釈されています。また、サイエンス・フィクションより広範な意味を包含する新しい造語として、Sci-Fi(サイファイ)が使われることもあります。
実は、「SFとは何か?」という論争はSF創成期からあり、人によって解釈はさまざまです。例えば、「竹取物語」や「浦島太郎」はSFなのか否なのか?――こんな考えもその一つです。SFの古典と位置付ける人もいれば、あくまでもおとぎ話と位置付ける人もいます。
僕は個人的に、SFを「センス・オブ・ワンダー(ある種の不思議な感動、または不思議な心理的感覚)を感じられるもの」と定義しています。竹取物語や浦島太郎からセンス・オブ・ワンダーを感じるのなら、それは立派なSFだといえるのではないでしょうか。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」は竹取物語のかぐや姫から命名されました。竹取物語から直接、月周回衛星「かぐや」が生まれたのではないにしろ、竹取物語に人々はセンス・オブ・ワンダーを感じたが故なのです。
「SFは未来予想ではない」というのも、SFに本当の未来像を求めるのではなく、SFが描く世界観、未来観によって読者がセンス・オブ・ワンダーを感じることが大切だと考えています。
これはSFプロトタイピングも同様です。SFプロトタイピングで描いた未来に、現実感ではなくセンス・オブ・ワンダーを感じ、そこからインスパイアされることが重要です。そして、SFプロトタイピングを通して企業内でイノベーションを起こすことができたのなら、SFプロトタイピングに価値が生まれます。
SFの父と呼ばれるジュール・ヴェルヌは、「月世界旅行」や「海底二万里」など、数多くのSF小説を手掛けました。その物語に感銘を受けて科学者になった人は大勢います。そして、そうした科学者によって月世界旅行や海底二万里は現実のものになりました。ジュール・ヴェルヌの物語が現実にならなくても、科学者を輩出するきっかけの一つになったことは確かでしょう。これはSFによってイノベーションが生まれた事例といえます。
また、ジュール・ヴェルヌではありませんが、僕が取材をさせて頂いた元宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事の小澤秀司氏は、SFテレビドラマ「宇宙大作戦」(スタートレック)を見たことで宇宙に興味を持つようになったと話していました。小澤氏は今も宇宙開発事業の第一線で活躍されています。
SFからインスパイアされて未来を創造する一つの方法がSFプロトタイピングです。
SFの定義や考え方はお分かりいただけたと思います。では、SFプロトタイピングはビジネスでどのように活用できるのでしょうか? 僕は大きく4つの活用方法があると考えています。
(1)企業や事業部の「未来」の在り方を考える
未来が不透明といわれている現代において、企業や事業部としてどのような未来が来て欲しいか、そのためには企業や事業部は今どう対処すればいいかを考えられます。
(2)企業や事業部の“未来”の新製品、新サービスの在り方を考える
新製品や新サービスを現代のニーズから考えるのではなく、未来を軸に考えられます。
(3)人材育成のためのトレーニング
不確定な未来に対し、未来を考えられる頭を柔らかくするためのトレーニングや研修プログラムの一つとして活用できます。
(4)企業が考える未来を提示し、リクルートや広報に活用する
企業が持つ技術を活用すればどのような未来を描けるのか、SF小説にして広く発信することで企業を深く理解してもらえます。
実際にSFプロトタイピングを行う際、どのように活用するのかを定めておかなければ実施の過程で混乱します。また、どのように活用するかを決めた後には、何を目的にするのかも定める必要があります。
僕が得意としているのは(3)と(4)です。(1)と(2)の内容で活用したいのなら、それに適したサービスを提供している会社があります。SFプロトタイピングに取り組む際は、適材適所を考えるといいでしょう。
僕が(3)と(4)を得意としているのは、僕自身が広報や広告の仕事に長く携わって来たバックボーンがあり、なおかつSF小説そのものではないもののSFを題材にした一般読者向けの書籍をいくつか手掛けたことが理由です。それに、SFプロトタイピングを難しく考えるのではなく、まずは簡単に取り組んでみて欲しいと思っているからです。SFプロトタイピングは一度やれば終わりというものではありません。さまざまなシーンで活用できます。未来を考えるときのツールの一つとして、SFプロトタイピングを活用していくのが良いといえます。
最近はさまざまな企業がSFプロトタイピングに取り組むようになってきました。完成したSF小説はWebサイトなどで公にすべきだと思いますが、多くの場合、SF小説は内部的な資料として扱われ、あまり外部の人間が目にすることはないようです。
それは、活用方法(3)の「企業が考える未来を提示し、リクルートや広報に活用する」という発想でSFプロトタイピングに取り組んでいないからです。また、ほかの理由として2つの不安があるからだと考えられます。
(1)「企業としてどのような未来を望んでいて、どのような新製品や新サービスがこれから必要なのかを公にしてしまっていいのか」という不安
SFプロトタイピングでは各部署からエキスパートを集めてディスカッションを行います。例えば、「この先の未来、宇宙で人々が生活する時代が来ると、こんなサービスが必要になる」などのアイデアが出て来た場合、それを企業秘密にしたいと考える場合です。
(2)「このような未来が来ると企業として公表してしまっていいのか」という不安
宇宙で人々が生活する未来は本当に来るのか? そのエビデンスを明確にしないと企業として情報発信するのはよくないのではないかと考える場合です。さらに、企業のビジョンや中長期計画で描く未来が異なるため、読者に誤解を与えるのではないかと考えることもあります。
スタート時はWebサイトなどに掲載する前提で進めたとしても、いざ公開する段階になってストップすることがあります。それはSFプロトタイピングを始める段階ではSFプロトタイピングのことがよく分からず、SF小説が完成された段階になって公開の是非を検討し始めるからです。
「たかがSFでしょ?」と思うこともありますが、企業がそのような不安を抱えることは十分に理解できます。
ただ、公開するかしないか考える上で重要なのは、公にした場合のメリット、デメリットを広報部など関係部署と議論することだと思います。SFプロトタイピングは行うこと自体が目的であり、(公開して欲しいという希望はありつつも)公開することだけが目的ではありません。公開の是非を協議することもイノベーションの第一歩だからです。
SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。
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