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AIで「パニック買い」を乗り越える 繰り返される“買いだめの歴史”に終止符を ウィズコロナ時代のテクノロジー(2/3 ページ)

» 2022年05月02日 08時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

AIによるパニック買いの検知

 しかし、実害を被る消費者だけでなく、対象となった物品を売る小売業者にとっても、パニック買いは厄介な現象だ。

 当然ながら、買い手は増えるほど良いなどといった単純な話にはならない。急激に需要が高まれば、それだけ在庫切れになるリスクも増え、機会損失が生まれることになる。売り切れになれば消費者の不満は高まり、彼らが他社の商品に乗り換えたり、自社の評判が下がってしまったりする可能性もある。

 だからといってすぐに商品を増産するのも難しく、増産態勢が整ったころには一時の熱狂状態が過ぎ、逆に過剰な在庫を抱える結果になる恐れもある。

 こうしたリスクに対して、AIを使って制御を試みる取り組みが進んでいる。カナダ・モントリオール州にあるマギル大学の研究者らが検討しているのは、AIでパニック買いの兆候をいち早く検知し、それに備えるという手法である。

 なぜパニック買いの発生を予測するのではなく、早期警戒を実現するというアプローチを取ったのだろうか。研究者らが発表した論文によれば「パニック買いを予測するモデルを開発したとしても、それが現実世界において意図した通りに機能する可能性は低いだろう」という考えが背景にあるという。

マギル大学の研究者らが発表した論文

 現在、さまざまな自然現象や社会現象を予測するモデルの開発が進み、天気予報などのようにより良い行動を取るためのツールとして活用されている。ただその精度にはバラつきがあり、高度なテクノロジーを長年にわたって導入してきた気象予測の分野でも、明日の天気を100%の正確さで当てることはできないのはご存じの通りだ。

 社会現象であるパニック買いは、明日の天気を当てるよりも単純なモデルで予測できるかもしれないが、一定の精度を実現するには多くの年月とコストがかかると予想される。であれば、パニック買いの兆候をできる限り早く把握しようという考え方は、すぐに役立つツールを手に入れるという点で理にかなっている。

 マギル大学の研究者らは、大手小売業者と協力し、1500万件以上の観測データを入手。そこに各種データソースから集めた情報と機械学習技術を組み合わせ、需要の異常をいち早く察知するモデルを構築した。同時に、小売業者が商品の仕入れを計画するのに役立つ、分析用のシミュレーションツールも開発した。

 完成したモデルとシミュレーションツールを使い、2020年3月にカナダ国内で発生したパニック買いのデータ(カナダでもトイレットペーパーなどの買い占めが発生していた)をサンプルに用いて検証したところ、小売店において対象となった商品を入手できる可能性を約57%増加させることができたそうだ。

 研究者の一人である、マギル大学のカーン=アム・ヌアイ助教は、同大学のポッドキャスト番組において「パニック買い行動が起こることを予測するのではなく、パニック買い行動パターンをリアルタイムで検出する」と、彼らの開発した仕組みを説明している。実現したシステムは、「カナダのどの店舗でも、パニック買い行動が起きたら、早ければ5分後にはそれを検知することができる」という。

 もちろんこの仕組みは研究段階であり、パニック買いの対象となった物品の種類や性質、あるいはパニック買いを引き起こす人々の国民性や地域性といった要素によって、精度にばらつきが生じることが予想される。

 しかし本当に分単位でパニック買いの兆候を把握できれば、小売業者はすぐに購入時の個数制限や、自社在庫の移動といった対応を取れるようになるだろう。

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