ITmedia NEWS > 社会とIT >
セキュリティ・ホットトピックス

AIは食糧危機を救えるか? 農作物収穫のメリットと、サイバー攻撃などによる新たなリスクウィズコロナ時代のテクノロジー(2/3 ページ)

» 2022年06月08日 08時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

指摘されるAIの限界

 その一方で、こうした「AI農場」のアイデアに対しては、そのリスクや限界を指摘する声もあがっている。例えば英ケンブリッジ大学内の研究所であるCSER(The Centre for the Study of Existential Risk、生存リスク研究センター)のアサフ・ヅァクワー(Asaf Tzachor)博士らは、オンライン上で発表した論文において、AIが食糧安全保障に及ぼす影響は十分に理解されておらず、現状では過小評価されていると指摘している。

 論文で解説されているリスクの1つが、AI農場がハッキングされる可能性だ。例えば悪意のある人物が、AIが参照するデータを意図的に改ざんして、AIの判断品質を低下させる(もしくは意図した方向へと誘導する)、AIが操作する農業機械やドローンなどの動作を停止させるといった具合である。

 農業の分野では、ある選択が結果となって現れるまで時間がかかる場合があるため(肥料の量によって発育状況が変わるなど)、ハッキングの発生はより把握しづらい。

 既に農業に関連したソフトウェアやハードウェアにおいて、ハッカーに利用され得る脆弱性が発見される例が発生している。例えばSick Codesというハッカーは、大手農機具メーカーのディア・アンド・カンパニーが提供するソフトウェアの弱点を発見したと、英BBCに明かしている。

英BBCが掲載した記事

 彼の発見した手法は、Webサイトやアプリを介して、マシンデータにアクセスするというものだ。Sick Codesは同社以外の農業機械にも脆弱性が発見されたと訴えている。

 実際に自動化やAI化が進んでいる工場においては、外部からのサイバー攻撃や悪意のあるハッキングにより、工場が操業停止に追い込まれるという事態が起きている。トレンドマイクロによれば、今から17年前の2005年の時点で、米ダイムラークライスラーの自動車製造工場13拠点がワームに感染し、1時間にわたりオフラインになった事例が報告されているそうだ。

トレンドマイクロが掲載した記事

 また工場そのものに対する攻撃ではないが、22年3月には、トヨタ自動車が取引先の1社で発生したランサムウェア攻撃によって、自社の14工場28ラインが操業停止に追い込まれる事態が発生している。

ロシアのウクライナ侵攻の影響も大きく

 食糧危機に影響を与えているのはパンデミックだけではない。2022年5月18日、国連のグテーレス事務総長は、国連本部で行われた会合の場で「何千万人もが栄養失調や飢餓に陥る恐れがある」という警告を発した。その直接的な原因の1つはロシアによるウクライナ侵攻である。

 ウクライナは世界有数の穀倉地帯であり、またロシアも農業国として多くの農産物を輸出している。例えば私たちの食生活にも欠かせない小麦を見ると、FAOのデータによれば、ロシアとウクライナによる小麦の輸出は、2021年に世界市場の約30%を占めていたそうだ。

 また世界でおよそ50カ国が、小麦の輸入需要の30%以上をロシアとウクライナに依存しており、このうち26カ国は、小麦の輸入量の50%以上をこの2国から調達しているそうである。両国の争いによって、その生産・輸出にストップがかかっているわけだ。

 しかもロシアは「欧米諸国が経済制裁を解除すれば農産物の輸出に応じる」と宣言しており、いわば「食料を人質にする」戦術に出ている。ウクライナ侵攻の戦況は長期化の様相を呈しており、状況が改善する兆しは見えていない。

 こうした状況による「食料を人質に取る」戦術を考えると、ヅァクワー博士らが指摘するように、犯罪を目的としてAI農場にハッキングを仕掛けようとする人々が現れる可能性は高いと考えられるだろう。

 大規模農場を管理するAIや、特定の地域や作物において広く普及している農業用機械を使えないようにすると脅されたら、犯罪者への身代金支払いに応じてしまう例が出てくるかもしれない。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.