このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
東京大学割澤・伴研究室の研究チームが発表した「行列における間隔の確保による主観的な待ち時間の短縮と気分の向上ーVR環境での検証実験ー」は、行列の主観的な待ち時間が前の人との間隔の広さで変化するかを検証した研究報告だ。3つの条件(0.5m、1.0m、2.0m)をVR(バーチャルリアリティー)環境で実験して待ち時間に及ぼす影響を評価した。
行列の主観的な待ち時間を短く知覚させることができれば、サービスの満足感が向上するため、これまでに多くのアプローチが検証されてきた。
例えば、映像ディスプレイや鏡を設置して気晴らしになるものを用意するアプローチ(時間の充実度)、接客をしていない店員を仕切りで隠して行列の遅滞をサービス側の責任に感じさせないアプローチ(遅延の要因)、受付の数に応じて列を複数用意するのではなく一列に集め同じ受付数で処理し行列が進む感覚を生み出すアプローチ(行列進行感)、などが挙げられる。
この研究では、行列の間隔を変える方法で主観的な待ち時間を軽減させる、これまでとは異なるアプローチを検証する。
これは待ち時間に占める歩いている時間の割合や、歩く距離が増加するために主観的な待ち時間が軽減する行列進行感を利用したものとなる。しかし先行研究とは異なり、受付を増やすコストを必要とせずに実行できるため、容易に導入できる方法となる。
実験ではVR内に実験環境を構築し、行列の間隔操作により主観的な待ち時間が変化するかについて検証した。VR環境では特徴のないアバターを用いるなどにより行列の進行に関係ない要素を排除しつつ、並ぶ場所には線を引き進む距離を制御した。行列には8人並び、0.5m、1.0m、2.0mの条件で間隔を設定し、待ち時間を全て同じにした。
参加者24人を対象に、VR HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着して行列に並んでもらい、行列が進むに応じて実際に歩いて前に進んでもらった。
その結果、実験前後のアンケート分析から、行列の間隔が0.5mのときよりも比較して1.0mの方が主観的な待ち時間が短くなることが示された。これは行列の間隔が広がることで快適度が向上し、主観的な待ち時間が短くなったと考えられる。
一方で2.0mと0.5mを比較した場合は、快適度が向上したにもかかわらず、主観的な待ち時間については個人差の大きい結果となった。この結果は行列が長すぎるために待ち時間も長いと判断されたこと、距離が長すぎて移動の面倒さを感じさせたことが要因として考えられる。
今回の研究成果は、適切な間隔を取ることで行列の主観的な待ち時間を短くできることを実証した。また、COVID-19の感染対策で行列の前の人との間隔を確保するソーシャルディスタンスの意味合いだけでなく、サービス側や客側の双方にとって有益であることを実証した。
出典および画像クレジット: 大坪 翔太郎, 伴 祐樹, 割澤 伸一. 行列における間隔の確保による主観的な待ち時間の短縮と気分の向上ーVR環境での検証実験ー. 第 27 回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2022 年 9 月)
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