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歌舞伎にみるメタバース時代のエンターテインメント 中村獅童は2人に分身、貞子コラボには「HoloLens」利用プラマイデジタル

» 2022年11月01日 12時00分 公開
[野々下裕子ITmedia]

 メタバース時代の本格的な到来でバーチャルとリアルの境界線がますますシームレスになり、新たなコンテンツ開発が急がれている。この動きは伝統芸能の世界でもすでに始まっており、例えば松竹は最先端のテクノロジーと歌舞伎を融合させる試みにいち早く取り組んでいる。

 鑑賞者向けのネット配信、VR版コンテンツの作成はもちろん、舞台ではデジタル技術を駆使したさまざまな実証実験を行っている。松竹とNTTが設立したNTT・松竹パートナーズが主催する「超歌舞伎」もその一つだ。2016年のニコニコ超会議で初披露され、リアルな歌舞伎俳優の中村獅童さんと臨場感あるホログラフィック映像による初音ミクの共演が話題を集め、毎年上演が重ねられている。

 NTTが研究開発する超高臨場感通信技術「Kirari!」をベースに、歌舞伎ならではの色彩美や表現にもこだわりながらさまざまな演出アイデアが実現されている。中でもリアルタイム被写体抽出技術を使った「分身の術」はおなじみの演出になっている。

 2022年に4都市で上演した「超歌舞伎 2022」では、初音ミクが唄う「初音ミクの消失」の世界観をもとにした最新作が書き下ろされた。最初の演目では、NTTが進めるデジタルツインコンピューティング構想の一つとして開発した「Another Me」を用いて、中村獅童さんをデジタル空間上に再現する「獅童ツイン」の実証実験も行われた。

Another Another Meのコンセプト(提供:NTT)

 獅童さんの分身を生み出す身体モーション生成技術には、GAN(Generative Adversarial Networks=敵対的生成ネットワーク)が使われている。人物を偽造してフェイクニュースを流すような使い方をされるのではないかと想像してしまいそうになるが、特定の人物の音声・映像データからその人らしさをAIで学習させ、その人物のみを自動生成できるようにしているという。

身体モーション生成技術の概要(提供:NTT)

通常の舞台にデジタルコンテンツを組み合わせた「MR歌舞伎」

 派手でインパクトのある演出を年々進化させ、舞台づくりから行っている超歌舞伎。ペンライトを振りながら観劇する参加型のスタイルも含め、新しい形のエンターテインメントになりつつある。その一方で、松竹は従来の歌舞伎舞台にバーチャル要素を取り入れることにも取り組んでいる。

 大阪松竹座で行われた10月歌舞伎公演では、バーチャル技術を運用するソフトウェアやシステムを開発するカディンチェ(東京都渋谷区)と共同で、複合現実技術の一つであるMR(Mixed Reality)を用いて歌舞伎を鑑賞するコンテンツを開発し、検証する実証実験を行った。

大阪松竹座

 実証実験をした新作歌舞伎「日本怪談(Jホラー)歌舞伎 貞子×皿屋敷」『時超輪廻古井処(ときをこえりんねのふるいど)』は、歌舞伎「播州皿屋敷」とリングシリーズ「貞子」がコラボする異色作。片岡愛之介さんらが演じる歌舞伎パートと今井翼さんらが出演する現代劇のパートが時代と空間を越えて交錯する。

歌舞伎と現代劇が交錯する新作歌舞伎で実証実験が行われた

 「早変わり」や「せり出し」といった歌舞伎らしい演出に加え、プロジェクションマッピングを取り入れるなど、作品単体でもさまざまな新しい試みに挑戦している。それに加えてMRの活用では観劇中の人が「Microsoft HoloLens 2」(以下、HoloLens)を装着することで、ストーリーや歌舞伎の演出について解説を受け、登場人物や見どころを知れるコンテンツを提供する。

MR歌舞伎のイメージ(提供:松竹)

 基本的には会場で提供する音声ガイドの字幕版ともいえるが、それ以外にも、CGのエフェクトや効果音を使った演出もある。実際に著者も体験してみたが、ディスプレイに表示されるテキストの位置やサイズ、タイミングも含めて違和感は無く、かといってデジタルらしい派手すぎる演出もなく、普通に舞台を見ているのと同じように楽しめた。

舞台での表示イメージ
松竹から提供動画(提供:松竹)

新しい融合に向けた研究開発拠点を開設

 MR歌舞伎のコンテンツは、45分ずつある3幕のうち、後半の2幕目と3幕目で10分の休憩を挟んでずっとHoloLensを装着して体験する。筆者自身、かなりVR酔いしやすい体質というのもあり、最後まで観賞できるのか心配していたが、重さや本体が熱くなることも含めて驚くほど違和感がなかった。

 観劇中になんらかの操作をする必要はない。著者も含めた10人のモニターは幕間の装着もスムーズにできており、普通に観賞できていたように見えた。

劇場内でHoloLensを装着したところ

 解説の表示は字幕ガイド「G-marc Guide」を制作するイヤフォンガイドが協力しているのもあって問題はなかったが、残念ながら役者にエフェクトを重ねるシーンは一部でズレているところがあった。その点はデジタル仕様の超歌舞伎とはまた違う難しさがあったと考えられる。

 舞台後のあいさつで役者たちが「毎日同じ舞台は無く、初演から内容が変わったところもある」と言うように、役者の動きやせりふにあわせてディスプレイ表示をさせるのはかなり難しい。

 松竹の担当者に聞いたところ、やはりそこは舞台を見ながら手作業で行っているのだという。だからこそ今回のような実証実験が必要であり、今後もデバイスや技術の進化にあわせたコンテンツの開発を進めていくとしている。

 具体的な動きとして松竹は、2018年にカディンチェと共同で次世代エンターテインメントを開発するMiecle(ミエクル)を設立。22年1月に開設した研究開発拠点の「代官山メタバーススタジオ」で、歌舞伎史上初めてとなる仮想空間で上演するメタ歌舞伎「Genji Memories」をライブ配信している。

 制作や演出にアニメ「呪術廻戦」のスタッフが協力し、アニメ演出とバーチャルを融合させたまたひと味ちがう新しい歌舞伎のスタイルを生み出そうとしている。

 歌舞伎には400年以上かけて積み重ねられてきた型があり、そうした伝統の上に時代にあわせた作品を作り続けてきた“かぶく”精神は、これからのメタバース時代にも面白い影響を与えてくれそうだ。

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