筆者がAIによるエンターテインメントを本格的に意識し始めたのは、とあるイベント会社の知人から「製品の広報用クラブイベントのDJを探している」という話を聞いた時だった。
「特定のアーティストやジャンルに捉われることなく、ストレートに製品の持つ世界感を表現したい」という話を受け、筆者がまず考えたのは、製品を構成する世界観を言葉としてStable Diffusionに入力し、それをアニメーションにしてVJ(Video Jockey)素材として使うことだった。
通常、この素材の製作には高価なGPUを占有する必要があるが、筆者の場合、自らAI作画サービスを提供しているので高性能GPUは手元に文字通り“売るほどある”。
「試しにやってみましょうか」ということで、製品の世界観を聞いてVJ用のフッテージを作り始めたところ、全く考えもしなかったことに気づいた。
このVJ素材、全コマ、ひとつも「被り」がないのである。
通常、VJは素材を組み合わせてひとつの画面を構成し、曲が変わっても前の素材と同じ素材を別の組み合わせで使い回すことは普通である。ところがAIによるVJフッテージ(素材)は、GPUさえあれば理論上いくつでも作ることができる。
人間が与える言葉が、たとえ1つのテーマしかなかったとしても、言葉の続きもAIに考えさせ、作られた言葉からAIが新しいイメージを導き出し、そこに何度も同じテーマを重奏的に重ねていくことで、むしろかえってテーマ性や世界観が強調された映像が生まれるのである。
さらにMUSIKAによって自動生成したテクノっぽい音楽を組み合わせてみると、これはこれで「アリ」なのではないかと思う表現が得られた。
次の問題は、意外にも我々人間、というよりもAIに命令を出す筆者の想像力がAIの出す結果に追いつかないということである。二時間のイベント向けに二時間分のフッテージを作るためにはそれなりの手間と時間がかかるが、それ以上に同じテーマをどんな切り口で見せるか、どんな表現で見せたいかということを考える人間の想像力の方が全く追いつかないのである。
二時間といえば、通常の映画くらいの尺があり、二時間ちゃんと間を持たせる映画を作れる人は、ごく一握りのフィルムメイカーだけだ。結局、どこまでいっても、たとえAIが作画するとしても、作り出す人間の能力の限界が常に足枷となるのだ。
しかしこれだけは確実に言えるだろう。AIは人間の想像力を大きく増強するのである。
新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。2005年、IPA(情報処理推進機構)より「天才プログラマー/スーパークリエイタ」として認定。株式会社ゼルペム所属AIスペシャリスト。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR