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貧血を簡単予測? 皮膚に貼る電子パッチで“血管”を監視 米国チームが開発Innovative Tech

» 2023年01月05日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

 米University of California San Diegoに所属する研究者らが発表した論文「A photoacoustic patch for three-dimensional imaging of hemoglobin and core temperature」は、ヘモグロビンを含む深部組織の生体分子をモニタリングできる皮膚に貼れる光音響ベースの電子パッチを提案した研究報告である。

 薄い電子パッチを皮膚に貼るだけで、その下の深部組織をリアルタイムに長期モニターできる。電子パッチからレーザーパルスを生体に照射することで音響波が発生し、深部組織の生体分子の3次元マッピングを可能にする。

電子パッチを指輪のように装着した様子

 ヘモグロビンとは、赤血球中に含まれる酸素を運ぶタンパク質である。体内のヘモグロビンの量と位置は、その部位における血液の灌流(かんりゅう)や蓄積に関する重要な情報を提供する。体内の血液循環が悪くなると、臓器の機能低下が起こり、心筋梗塞や四肢の血管疾患など、さまざまな病気を引き起こす可能性がある。ヘモグロビンの低下によって貧血が起こることも知られている。

 また、脳や腹部、嚢胞(のうほう)などに異常な血液が貯留している場合は、脳出血や内臓出血、悪性腫瘍の可能性がある。継続的なモニタリングは、これらの状態の診断を助け、タイムリーで命を救う可能性のある介入を促進できる。

 しかし既存の検査方法は、MRIのように高価な装置を必要とするものや、ポジトロンCTのように放射性トレーサーに依存するものなど、個々の患者の継続的なモニタリングに適したものではない。超音波画像診断法は、内部組織や血流を画像化できるが、オペレーターと生体分子検出用の別個のレーザーシステムが必要である。

 他方で、人間の皮膚に貼り付けて継続的に健康状態をモニタリングできるソフトパッチが近年、世界各国で研究が進んでいる。しかし、既存のソフトパッチは、皮膚表面に近い生体分子しかセンシングできず、人体の生理・代謝過程と強く相関を持つ深部組織の生体分子にアクセスできないのが現状である。

 この研究では、深部組織における生体分子の連続的なセンシングのための光音響パッチを提案する。このデバイスは皮膚に快適に貼り付けられ、非侵襲的な長期モニタリングを可能にする。

皮膚に貼り付けられる

 皮膚表面の生体分子のみを感知する他のソフトパッチとは異なり、皮膚下数センチの深部組織でヘモグロビンの3次元マッピングをミリメートル以下の空間分解能で行うことができる。

 パッチは柔らかいシリコーンポリマーに、レーザーダイオードと圧電トランスデューサーのアレイで構成する。レーザーダイオードは、生体組織に2cm以上入り込む低出力のパルスレーザーを組織に照射する。

 パルスレーザーによってヘモグロビン分子が励起(れいき)し、光音響波を放射する。圧電トランスデューサーがその光音響波を受信し、電気システムで処理して波動を発するヘモグロビン分子の空間マッピングを再構成する。

デバイスの構造と動作原理の模式図

 深部組織の生体分子は、下図のように立体的に表示される。

(a-h)手、足、大腿、前腕の静脈と、再構成された3次元光音響画像、(j,k)内頸静脈の上部に貼付したパッチと、内頸静脈の光音響画像のスライス

 ヘモグロビンの高解像度イメージングにより、組織内の血行動態と血管増殖を監視して、さまざまな状態や疾患を管理できるようになる。血管の寸法を監視することは、血管機能の評価や血管疾患の診断に役立つ。例えば、閉塞(へいそく)中の静脈直径の動的変化を測定することは、心機能の強力な指標である血管コンプライアンスの検査に役立つ。

 今回の手法はヘモグロビンだけでなく、深部組織内の温度もリアルタイムで高い空間分解能の3Dマッピングを可能にする。カテーテルによる侵襲的な方法ではなく、非侵襲的に人体の血液温度をリアルタイムに計測することができるため、医療従事者にとって助けになる可能性がある。

Source and Image Credits: Gao, X., Chen, X., Hu, H. et al. A photoacoustic patch for three-dimensional imaging of hemoglobin and core temperature. Nat Commun 13, 7757 (2022). https://doi.org/10.1038/s41467-022-35455-3



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