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VRヘッドセットを作っている“中の人”は、「Apple Vision Pro」をどう見た?(4/5 ページ)

» 2023年06月09日 13時00分 公開
[岩佐琢磨ITmedia]

M2チップ搭載の是非とR1チップが「スゲー」

 Vision Proに搭載されているメインCPUは、MacBookなどに搭載されていた「Apple M2」チップ。まぁ是も非もそれはAppleが考えることなのですが、どうしてM2を搭載することになったかの想像を、少し技術サイドから解説してみます。

Apple Vision Proには「Apple M2」と、リアルタイム処理に特化した新プロセッサ「Apple R1」を搭載する

 現存するVRヘッドセットで、スタンドアロン(PCに接続しないタイプ)はほぼ全て、Qualcommの「XR2」または「XR2+」を搭載しています。XR2は何が素晴らしくてみんなが使っているかというと、ヘッドトラッキング(頭を右に振ったら右が見える、という機能)とハンドトラッキング、そしてIR-LEDコントローラー(リング型の、いわゆるVRコントローラー)のトラッキング、そしてカメラによる現実パススルー映像とバーチャル映像の重畳の機能を持っていることです。

多くのVRヘッドセットに搭載されているQualcommの「Snapdragon XR2」

 これらは、Hardware oriented(ハードウェア指向)ではなく多分にSoftware oriented(ソフトウェア指向)に実装されたものですが、それらがVRに必要なレスポンスで動作するだけのパワーをもっている、という意味ではXR2というSoCの力だといえます。これら現代のVRヘッドセットに最低限必要とされる機能に加え、ゲームやアプリの3Dレンダリングに必要なパワーを1チップで兼ね備えている。そしてOSであるAndroidがちゃんと動きます。

 ただし、XR2+を採用してもパネル解像度は約2K×2K(Quest Proは1800×1920)にとどまってしまいます。これ以上の製品が世界のどこからも出てきていない以上、XR2+がドライブできるパネルの解像度上限はこのへんにある、と推察してよいでしょう。

 対してAppleは先に述べた「かぶれる大画面」というアプローチである以上、めちゃくちゃキレイな(高解像度な)ディスプレイを積まざるをえなかったのでしょう。そこで主張しないと、Quest Proと何が違うの? と評されてしまいます。

 ただ、2K×2Kを大きく超える解像度のパネルを用いてスタンドアロン機を作るとなると、先の述べた制約からXR2系を積むという選択肢がなくなってしまうのです。ほかのSoCを使えばいいんじゃないの、と思うかもしれませんが、そんなものは(事実上)世の中に存在しないのです。

 また、OSとしてAppleの立場上Androidは積めませんし、スマホではiPhoneと競争関係にある、Android陣営であるQualcommのチップを使うのもちょっとやだ(そもそもディスプレイパネルがドライブできないわけですが)。じゃぁiPhoneで使われているBionicチップはどうか? となるのですが、やりたいことにSpecが合わなかったのでしょう。

 そして仕方なく消去法で残ったのはPC用のArmプロセッサとして自社で開発したM2をクロックダウンして何とかぶちこむ、というアプローチだったんじゃないかなぁと想像します。ファンレスのMacBook AirにはデチューンされたM2が搭載されて動いていますし、似たアプローチなんでしょうね。

 弊害として、XR2などと比べると消費電力はとっても厳しくなり(Macbook Airクラス)、大型のバッテリーとならざるを得ず、本体にはバッテリーを内蔵できず、結果として大型外付けバッテリーを搭載しても2時間しか動かないという形になったのではないでしょうか。

Apple Vision Proは外付けバッテリーで動く。稼働時間は最大2時間だが、バッテリーにUSB-Cポートがあり、そこにACアダプターをつなげれば無制限で使用できる

 もっとも、バッテリーが2時間しかもたないから駄目だ、普及しないみたいな話をする輩は放っておきましょう。バッテリーなんて入れ替え差し替え使っていけばいいわけで、実際にVision Proのコンセプトが「いいな!」と感じるユーザーにとってはたいしたことはない話です。マキタの電動インパクトレンチのバッテリーがすぐに切れるからって文句いうひとはいないですよね。充電ステーションに1時間も止めて充電しないと動けないような電動自動車みたいな使い勝手が悪いものと一緒にされてしまっては困ります。

 ちなみに、VRヘッドセットのQuest 2だってパワフルに使えばバッテリーは2時間も持ちませんが、結局のところ筆者を含むヘビーユーザーは外部バッテリーソースを使って6時間とか平気で楽しめちゃうのですから。

 ただまぁ苦渋の選択なのか、喜んでやったのかはAppleのみぞ知るですが、M2というPC用のCPUをぶっこんできたことで、Quest Proなどのスタンドアロン機と比べると、処理能力は大幅に高いヘッドセットに仕上がったことは事実。

 でも、M2に全部を任せるのは消費電力的にもパワーリソース的にも、そして多数のカメラを接続するI/O関連のバス的に厳しかろうということで、一般的にはXR2採用で全スキップできるハントラ(ハンドトラッキング)やらパススルーやらのあれやこれやを、「R1」というVision Pro専用のサブチップを開発して詰め込まないといけなかったのでしょう。

 これはソフト的にもハード的にもなかなかに大変だったことだろうと思いますが、逆に言うと、ここがスゲー! というポイントだったりするわけです。大変なことを乗り越えた先には競合に対して優位性が生まれる、これはビジネス界の常識です。

 発表後のSNSなどでの論調をみると、みなさんM2搭載スゲー! みたいなことを言っていたりしますが、ホントにスゲーのはR1を起こしちゃったことなんです。ここ、勘違いしちゃいけないポイント。別にM2に相当するただのCPU/GPU部分は(極論いえば)QualcommでもIntelでも何でもいいっちゃぁいいんです。

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