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「AIグラビア」で“非実在”の概念が塗り替わる? 論点を整理する小寺信良のIT大作戦(1/3 ページ)

» 2023年06月12日 16時00分 公開
[小寺信良ITmedia]

 集英社の「週刊プレイボーイ」が、編集部で生成したAIの女性像によるグラビア写真集を発売した。これを巡ってネットではさまざまな意見が出てきているが、週刊プレイボーイ編集部も、さまざまな議論が起こるだろう事は承知の上でのリリースなのだろう。まさに今の段階で具体的な出版物が存在するというのは、ありもしない成果物を巡っての議論よりも、より具体的に将来を見据えることができる。その点で、週刊プレイボーイ編集部と集英社の英断を尊重したい(現在は販売中止、本稿は中止前に執筆)。

集英社が発売した「AIグラビア」(現在は発売中止)
現在は発売を中止

 架空の人物のグラビアというのは、過去CGで制作されたものであれば、リアル・アニメどちらも出版されたことがある。3Dモデリングでリアルなものを作るのは相当な手作業が必要になるが、AIの画像生成の場合は、AIにさまざまなプロンプトを投げて、トライアンドエラーを繰り返しながら調整していくという作業になる。こうした技術は「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれ、新しい学問として研究が進んでいるところだ。

 どちらも人の手がかかるとはいえ、早く商品レベルのアウトプットに近づけるのは、圧倒的にAIだろう。CGで鑑賞にこらえる女性を作るには、数年はかかる。

 女性のセクシーな姿態の画像は、アニメ調、リアル調に関わらず人気が高い。ということは、そこにビジネスの種があるという事である。グラビアアイドルやコスプレイヤーといった実在の人物の写真集が出版され続けているのも、需要があるからだ。

 架空の女性像によるグラビアの先には、何が起こりうるのか。今回はこうしたことを考えてみたい。

グラビアアイドルは失業する?

 AIの可能性を議論する際に必ず問題になるのが、一定の雇用がなくなるのではないかという懸念である。今後こうしたAI生成のグラビアは、表現としてさまざまな可能性があるがゆえに、まだしばらくは商業にしろ同人にしろ、画像生成は進むし出版が続くだろう。これが本格的に定着するのか、あるいは一過性のブームで終わるのかはまだ見えないところである。

 こうした「AIグラビア」が産業として立ちあがった場合には、もはや実在する人間のモデルやアイドルは不要になるのではないかという懸念もあることだろう。だが、アイドル活動には実在しないとできないことも多い。例えばイベントに出演するとかライブを開催するとかいった活動は、AI画像には不可能である。またこうしたリアル活動を通じて、その人間的魅力が表現され、増強される。黙ってポーズだけ取っていれば人気が出るわけではなく、人の魅力の表現には、多面的なパフォーマンスが必要なのである。

 仮にAIモデルが実在の人物よりも優れているということになったとしても、実在のモデルは「本当に存在する事に価値が出る」時代に変化するだけであろう。「オリジナルは1つしかない」「行けば本物に会える」がかなりの高付加価値を産むことは、音楽ライブやスポーツイベントですでに実証済みである。

 もう1つ影響を受けそうなのが、グラビア系のカメラマンである。人物を魅力的に撮影するには、相当なスキルが必要になる。モデルへのポーズや表情の指示、撮影ロケーションの知見、小道具、美しいライティングなどは、一朝一夕にできるものではない。筆者もカメラレビューのサンプルでモデル撮影を行なって長いが、これが本業ではないため、モデルさんへどう具体的な指示を出せばいいのかよく分からない。どこかに見学に行きたいぐらいである。

 グラビアはAIでよしということになれば、グラビアカメラマンの需要は一時的に減るかもしれない。だがカメラマンには、ポージングやライティングによって、何をどうすればもっと良くなるかのノウハウがある。これは、プロンプトエンジニアリングのもっと先にあるものだ。

 従って商業誌のグラビアともなれば、女性撮り素人のエンジニアがいくら頑張っても、プロカメラマンの指示がなければ商業的な競争力が得られない可能性がある。同じAIに同じ呪文を唱えれば、だいたい同じ絵が出てくるわけだから、差別化は「その先」にある。

 カメラマンは、AIグラビアアドバイザー、ディレクターとしての道も開けるだろう。ある意味転業や、仕事が2つになる可能性もある。

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