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「AIグラビア」で“非実在”の概念が塗り替わる? 論点を整理する小寺信良のIT大作戦(2/3 ページ)

» 2023年06月12日 16時00分 公開
[小寺信良ITmedia]

誰かに似ている?

 写真集を出す場合、多くはその人物の魅力に依存しているので、キャラクターを固定する必要がある。ページごとに顔がバラバラでは、カタログになってしまう。

 AIで実在していない顔を作る事は可能だが、キャラクターとしては一定の顔に固定する必要がある。そしてその顔が誰かに似ていた場合のトラブルは、これから多発するものと思われる。

 ただAIは本当に、実在しない、地球上の誰にも似ていない顔を生成できるのか。実在する人間でも「他人のそら似」という現象があるというのに、本人そのものズバリではなくとも、兄弟弟妹レベルや親子レベルで似ているというところまで可能性を広げれば、どこの誰にも似ていないということが本当に可能だろうかというところにも疑問が残る。

 特にグラビアともなれば、容姿端麗なイメージが求められる。だが容姿端麗な人は全人類の中でも一部に限られており、学習ソースもまた限られる。ソースが少なければ、誰かに似ているものが出てくる可能性は高まる。

 以前もAIと著作権の話を書いたが、現在の日本では、AIの学習に使われる限り、著作権法30条の4によって権利制限規定されるので、著作権法的な問題はないとされる。

 ただ、本人がAIに学習されたくないという意志を持っていた場合は、なんらかの手当が必要だろう。これはまだ明確な権利として規定されておらず、今後、法的にも技術的にも議論になり得る部分である。

似ていた本人が行使できそうな権利とは

 仮にAIで生成され、商業物として出版などされた肖像が誰かに似ていたとする。その似ていたほうの実在の人物は、どのような権利行使ができるだろうか。ここでは、3つのパターンが考えられる。

 1つは、AI画像製作者が意図したものではなく、偶然誰かに似ていた場合。これはAIの学習に、その人の姿態の画像が使われたかどうかを知る術がないケースでもある。もちろん似ているのであれば、学習に使われた可能性はあるだろうが、先ほども述べたように日本の著作権法では学習する際には権利行使できないので、違法ではない。

 ただ出力されてきた画像について、偶然にしろ何にしろ、似ていた人が何の権利行使もできないというのでは、人権の問題に発展する可能性がある。特にグラビアやエロ系、アダルト系の画像であった場合、多くの人がその似ている本人だと誤解すれば、個人に被害・損害が発生する可能性が高い。偶然ではあっても、「望まぬ画像を作られ、拡散され、誤解され、損害を被った」事に、何の手当もなくていいのだろうか。

 2つ目は、意図的に似せる場合である。特定の人物を学習させて、それを出力するわけだが、それには出演契約に準ずるなんらかの契約が必要になるだろう。場合によっては、ギャランティーも発生する。また出力された画像の公開に関する許諾も必要だろう。水着だと聞いて承諾したのに全裸だったみたいな被害を押さえるために、必要な措置である。これが一番正統な方法で、問題の少ない制作方法だろうと思われる。

 3つ目は、無断で似せた場合である。いわゆるフェイク画像の問題に近い。これは肖像権侵害の問題であり、過去の判例を参考にすると、民法第709条の不法行為による損害賠償請求※が認められるだろう。

※故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 一方でタレントや著名人などの商業価値のある肖像であった場合には、パブリシティー権の侵害でも争えるだろう。

 商業作品の場合は、製作者が特定しやすいため、わざわざこのリスクを冒す製作者がいるとはあまり考えられない。一方で出所不明のままでネットに出回った場合には、製作者の特定が難しく、似せられた側はかなり苦労する。また損害賠償や差し止めなどができたとしても、いったんネットに出回った画像が全て回収できるわけでもなく、この先は「忘れられる権利」の問題になってくる。

 ある意味簡単・きれいに画像合成できるようになったがゆえに、この問題は今後多発するものと思われる。現在の法でも対応できるが、永遠のいたちごっごになる可能性もある。

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