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“クラウド不毛地帯”に花開く「バーティカルSaaS」のいま IT予算少ないマーケットでも成長、なぜ?

» 2023年08月11日 06時00分 公開
[早船明夫ITmedia]

 国内スタートアップが提供する「バーティカルSaaS」への注目が高まっている。バーティカルSaaSは、建設、介護、不動産など特定の業界に向けたクラウド型の業務システムだ。市場規模が限定的な業界向けシステムといった見方は過去のものとなり、2023年上期においても数多くの資金調達が発表された。

 背景には、日本の産業が抱える深刻な人手不足や生産性向上といった課題がある。医療、介護、製造業、建設などあらゆる業界が労働力不足に陥っており、例えば物流業界では法改正によりドライバーが不足する「2024年問題」など、時間的制約が明確な切迫した状況も発生している。

 この状況を受け、一連の業界ではIT導入の重要性が指摘されていたが、実際の状況は停滞していた。そこに目をつけているのが、新進気鋭のバーティカルSaaS企業だ。これらの企業は単なるクラウド型業務システムにとどまらず、マーケットプレース、金融機能なども提供し、業界のバリューチェーンを支える存在を目指している。

 本稿では、バーティカルSaaSが市場の攻略を進める背景、そしてこれからの道のりを解説。ベンダーへのインタビューを交えながらその全容を探る。

著者紹介:早船明夫

株式会社ユーザベースでSPEEDA事業を推進後、独立。SaaS企業・スタートアップ分析note「企業データが使えるノート」を運営する株式会社クラフトデータを創業する。UB Venturesの外部パートナー/チーフアナリストも務める。

バーティカルSaaSは「市場性が見込みづらい」のに……なぜ成長?

 2010年代からクラウド型の業務システム活用が進む中で、会計や労務など業種を問わず利用されるクラウドシステム「ホリゾンタルSaaS」が先行して発展を遂げてきた。例えばSansanやマネーフォワード、freeeといった先行プレイヤーによる大型IPOや、SmartHRが評価額1000億円を超えるユニコーンになったことが挙げられる。

 一方で、現時点において時価総額1000億円を超えるバーティカルSaaS企業は存在せず、「市場性が見込みづらいビジネス」と見られてきた。原因は、対象となるマーケットが狭く、IT予算が低いことだ。

 国内企業向けシステムは大きく分けて、「大企業向けかつ“業界横断型”(業界を問わず使える)」「中小企業向けかつ業界横断型」「大企業向けかつ業界特化型」「中小企業向けかつ業界特化型」に分けられる。以下の表では、それぞれを4象限に区切って提供プレイヤーをまとめている。

 日本企業のITシステムで予算・規模が大きいのは、大企業向けかつ業界を問わず使えるのものだ。個別開発を受託するSIerなどに支払われる予算が圧倒的に大きく、1社で数兆円規模の売上をあげる企業が複数存在する。

 中小企業向けで業界を問わず使えるシステムのマーケットにおいては、既存のパッケージソフトなどが提供を進めてきた。しかし、単価が低いながら社数は日本企業の99.7%を占めることもあって、freeeなどのホリゾンタルSaaSがすでに攻略している。

 一方で、業界特化型のシステム領域はまた事情が違う。大企業・中堅企業においてはSIerや関連子会社など個別開発を行うケースが多く見受けられる。一部、レガシー化するシステムも残存するが、小売業向けにECシステムを提供する10X(東京都中央区)や金融機関の基幹システムをクラウドで提供するFinatext(東京都千代田区)といったスタートアップがこの領域に挑戦している。

 4象限の中で最も遅れてきたのが、中小企業向けかつ業界特化型のシステムだ。1社あたりのIT予算が限られ、クラウド活用に対する関心も低いことから、営業効率が低く、ITベンダーの参入も限られてきた。結果として、未だに「紙・電話・ファックスといったツールが現役」といった企業も少なくないのが現状だ。

 この“クラウド不毛地帯”を攻略することで、急成長を遂げているのがバーティカルSaaSを提供するスタートアップだ。新興株式市場が大きく下落し、スタートアップ投資に対してよりシビアな見方がなされるようになった2022年以降に資金調達を行ったSaaSスタートアップを対象に企業価値評価額を集計すると、上位に数百億円規模のバーティカルSaaS企業が名を連ねるようになっている。

 例えば製造業向けに受発注プラットフォームを提供するキャディ(東京都台東区)は7月、2023年上半期のスタートアップでは最大となる総額118億円の資金調達を行った。

 同社は、従来より提供している受発注プラットフォームに加え、2022年から図面データ活用クラウド「CADDi DRAWER」をリリースしており、製造業向けのバーティカルSaaSといった側面を持っている。

 他にも、中小事業者が多くを占める調剤薬局向けシステムを提供するカケハシ(東京都中央区)は23年に計94億円を調達。戸建住宅の建築事業者ユーザーを多く有するアンドパッド(東京都千代田区)の資金調達情報から予想される企業価値は853億円(22年9月時点)に上るなど、バーティカルSaaS領域で多くのユニコーン候補が生まれている。

 一連の企業は、なぜこれまでクラウド不毛地帯だった業界で、急成長するサービスを提供できるのか。後編では、実際にバーティカルSaaSを提供するベンダーの声を通し、その背景を探る。

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