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急成長SaaSに「BizDev」の力あり その実態をSansanなど3社の事例からひもとく(1/3 ページ)

» 2022年11月11日 10時00分 公開
[早船明夫ITmedia]

 近年、SaaSビジネスにおいて「BizDev」(Business Development)と呼ばれる事業開発部門の重要性が増している。急成長を遂げたSaaSの背景には、成長のエンジンとなる優れたBizDevやその担当者の存在がある。一般にはまだなじみの薄い職種だが、SaaSビジネス拡大を図る上で欠かせないポジションになりつつある。

 BizDevが負う役割は、顧客ニーズ・ユーザー課題の確認など多岐にわたる。ただその実態は企業や事業フェーズによって大きく異なり、「営業」や「マーケティング」など既存の職種に比べイメージが湧きづらい。

 そこで本記事では、SaaS企業分析メディア「企業データが使えるノート」のアナリストが、BizDevによって成果を出しているSaaS企業3社にインタビュー。各社がBizDevとして行う取り組みや事業成長の背景、SaaSビジネスを伸ばす秘訣を聞いた。

“超大型エンタープライズ”攻略に挑むMCデータプラスのBizDev

 MCデータプラスは、建設業向けのバーティカルSaaSを提供する企業だ。労務・安全衛生に関する管理書類をクラウド上で作成・管理できる「グリーンサイト」などを運営している。グリーンサイトは国内建設現場の技能者170万人以上が登録しているという。

photo MCデータプラスが持つデータ基盤の詳細

 同社は現在、グリーンサイトのデータ基盤を活用し、新たに建設現場の施工管理サービス「ワークサイト」を立ち上げている。この新サービスにも、BizDevが関っている。MCデータプラスによるBizDevの実態を、中川貴雄氏(建設クラウド事業本部 事業・プロダクト戦略部 部長)に聞く。

―― 建設業界向けバーティカルSaaSの事業開発を行っていく上で必要なアプローチを教えてください

中川氏  私たちがサービスを提供する建設業界は「重層下請構造」と呼ばれ、大手ゼネコンをプロジェクトリーダーとして、1次請け、2次請け会社がその現場を担います。

 そのため、各現場で利用されるITツールは、元請会社の意向が大きく反映されます。私たちがこれまで提供を行ってきた「グリーンサイト」も大手ゼネコンで採用されたことで協力会社に波及しました。

 このような業界構造にあるため、新サービス「ワークサイト」の開発にあたっても、「スーパーゼネコン」と呼ばれる2兆円規模の売上高をもつ会社をはじめ、準大手〜中堅ゼネコンのニーズや意向をくみ取り、製品に反映することを最重要視しています。

photo ワークサイトの公式サイト

 この工程で製品精度を満足してもらえるレベルまで仕上げ、支持を受けることができれば、大手ゼネコンと取引のある協力会社での利用も進んでいきます。1社の大手ゼネコンが採用することで、1000社以上の協力会社が「ワークサイト」を使うといった波及効果が見込まれるわけです。

 実際に既存プロダクト「グリーンサイト」は、新規営業部隊を設けずに、現在の規模の契約を得ています。

―― 「ワークサイト」の立ち上げに当たっては、BizDevの役割設定、業務範囲をどのように決めていますか

中川氏  「ワークサイト」のBizDevは、戦略顧客であるスーパーゼネコン、準大手〜中堅ゼネコンと相対し、さまざまなニーズを把握、整理したうえで、製品開発を行うプロダクトマネジャー(以下:PdM)に伝えていくことをミッションとしています。

 エンタープライズ向けセールス的な立ち位置でありつつ、顧客からの要望をPdM側に伝達し、UI・UXなどの開発には踏み込まない役割分担です。

 一般的なSaaSであれば、顧客からのプロダクトに対する要望は「参考にしながら開発を行う」ぐらいの温度感だと思います。ただ「ワークサイト」の事業開発において、特定の仕様や機能、リリースタイミングへのコミットが強く発生する点で独特です。

 建設業界では、工事現場での竣工に対する「納期は絶対」という業界慣習があり、システム開発においてもその水準を求められます、従ってBizDevにおいては、社内外における高い調整力が必要とされます。

 ――MCデータプラスは、バーティカルSaaSかつ、超大手顧客を最初に狙う必要性があるという点で特徴的です。BizDevとして製品をグロースさせるために重要なことを教えてください

中川氏 一般的なエンタープライズ向けSaaSに比べて、限られた顧客に対し、深く広いコミュニケーションを取ることが最も重要です。

 スーパーゼネコンは組織が巨大なので、さまざまな利害関係や組織の論理があります。ある会社では本社が現場よりも力関係が強い、ある会社では土木・建築といったユーザー部門の方が意見が通りやすいなど、企業ごとの状況を見極めながらアプローチを行います。

 私たちが単純に「これだ」という機能をプロダクトアウト的に実装するのではなく、顧客の状況を立体的、横断的に理解し、説明責任を果たしながら調整や仕様策定を行う必要があります。その意味においては、SIer的な動きともいえるかも知れません。

 過去には手痛い失敗も経験しています。一般的なSaaS開発のようにB2Cプロダクト的なアプローチで進めていった結果、大手顧客の要件に合致せず、信頼を失いかけたこともありました。

 単独のゼネコンのみならず、業界標準のプロダクトにするためのフラットな顧客要望を捉える必要もあります。そのために複数の顧客との意見交換会、勉強会などの開催も行っています。

――MCデータプラスは、BizDevに適した人材や能力についてどう捉えていますか

中川氏 B2B向けのバーティカルSaaSということもあり、より深く業界の課題を理解し、事業・プロダクト戦略に落とし込むことが重要になります。それによって、確実に“解”を判別することはできないまでも、そこに近づいて成功確率を高めることができると考えています。

 (1)いかに多くの一次情報を得られるポジションを構築できるか、(2)収集した一次情報から共通の文脈を見つけて的確な課題を設定するか、(3)前に進めるための戦略・戦術に落とし込めるスキルセット──のバランス力が肝要です。

 具体と抽象を往復するイメージで、「具体」の収集、「抽象化」「超具体化」を常にグルグル回し続けることが求められます。難易度は高く、自分も十分にやれているわけではないと感じています。ただ、期待値や要求水準が高い顧客からの要望をまとめつつ、プロダクト側に適切に伝えることで、製品の進化につなげられる点が最も大きなやりがいだと思っています。

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