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急成長SaaSに「BizDev」の力あり その実態をSansanなど3社の事例からひもとく(3/3 ページ)

» 2022年11月11日 10時00分 公開
[早船明夫ITmedia]
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ローンチから2年足らずでARR14億円 Sansan手掛ける「Bill One」のBizDev

 リリースから2年弱でARR(年間経常収益)14億円到達。異例の成長スピードを遂げたSansanの請求書管理SaaS「Bill One」は、国内SaaS業界に大きな衝撃を与えた。

photo 「Bill One」の製品サイト

 名刺管理を中心としたサービス展開を行っていたSansan。はたから見ると、同社にとって請求書管理SaaSは飛び地のようにも見える。そんな中でも上場企業規模のプロダクトを作ることができたのはなぜか。Sansanで「Bill One」の起案から事業開発、プロダクトマネジャーを勤めてきた、柴野亮さんに話を聞いた。

 ―― Bill Oneは柴野さんの発案でビジネスがスタートしたと伺いました。まずは、立ち上げの経緯を教えてください

柴野氏 私はもともと、公認会計士として監査法人で監査業務を行っており、Sansanの経理部門に2014年に入社しています。日々、経理業務を行う中で、作業量の多いルーティンワーク、しかも、期限のプレッシャーがタイトな状況にストレスを感じていました。

 そのような業務を一気に効率化するシステムを作りたいシンプルな願望を持つ中で「そういえばSansanは紙の情報をデータ化する会社だったな笑」と思い、請求書に関する新規事業企画を寺田親弘CEOにぶつけました。

 当初、まだ請求書の重要性もそこまで認識されておらず、私もビジネスサイドでの経験がありませんでした。そこでいったんは、名刺管理サービスの事業開発に配属され、18年ごろから請求書領域での事業立ち上げをCEOと水面下で進めることとなりました。

 請求書と名刺管理、一見するとつながりがないようにも見えます。しかし双方「主に紙で取り扱われる」「記載フォーマットがバラバラである」「少しでも情報に誤りが生じるとデータが無意味化する」といった点で共通しています。

 ゼロからの立ち上げに当たって、担当者は私のみでした。BizDevと呼ばれる事業開発に加え、プロダクトマネジャーなどあらゆることを担当しました。

 初期段階で特に意識した点は「マーケットの確認」と「ユーザーペイン(課題)の確認」です。誰がユーザーとなって、市場規模はどのぐらい大きいか、そして、長期的に使いたいと思うようなプロダクトニーズがあるのか、この2点を突き詰めることがビジネスの成否を左右すると考えました。

 そこで自身の経理経験だけでなく、社内の経理チームと徹底的に議論し、2点を検証し、解像度を高めていきました。

 ―― 立ち上げ段階からサービス開発、Go to Market戦略(自社商品・サービスをどんな流れで顧客へ届けるかの組み立て)など、どのように行っていきましたか

柴野氏 立ち上げから半年ぐらいまでは、もともとの自身の経理経験から、私とエンジニア1人で企画・開発をしていました。その後、社内で試用してもらいながら、サービスをブラッシュアップしていきました。

 その中で「Bill One」は、価値提供の主軸を大きく変更しました。これが後の急拡大につながったと考えています。

 当初は、経理担当者に向けた効率化がサービスの主な狙いでした。ただ経理業務においては、紙ベースでの作業工程が定着していることもあり、19年ごろまではサービスに対して賛否両論がありました。ブレークスルーできるかも微妙な状況でした。

 CEOからは「ユーザーニーズは理解できるが、もっとダイナミックな展開が必要ではないか」というフィードバックがありました。

 そこで着目したのが請求書の「受け取り」に関する課題です。請求書は各部門の担当者が個々に受け取るので、経理部門は提出を受けるまで、いつ、どのくらいの金額の請求を受けたか、タイムリーに把握することができません。

 加えて、社内の期日までに提出しない人がたくさんいることは、集約の工数や決算作業が遅れる点でも大きな課題です。そこで請求書の一括受領、一元管理といった価値に軸足を移しました。

 この「経理部門」から「全社員」に対する価値といった意思決定から数カ月後、新型コロナウイルスの流行によってリモートワークが急速に定着しました。以前からニーズがあるとは思っていましたが、結果的にこの「受け取り」に対するニーズが急速に高まりました。結果として自宅での業務を迫られるビジネスパーソンが増え「あらゆる請求書をオンラインで受け取る」という世界観が受け入れられたと考えています。

 サービスの拡販に当たっては、小規模な企業では請求書の取り扱い枚数が多くないのでそもそも課題感が少ない状況でした。一方大企業では、導入に時間がかかります。そこで中規模な企業を最初の重点ターゲットと捉え展開を進めていきました。

 ――プロダクトのリリース後、急速にニーズが顕在化し、組織の拡充も求められたと思います。組織の拡大やBizDev担当者の採用など、どのように取り組まれたのでしょうか

柴野氏 サービスのリリース時点でメンバーは私含めて5人程度だったので、その後体制を拡充していきました。

 自身の経験に基づいたPMF(サービス・製品が市場に受け入れられること)への確信や、社内でのブラッシュアップもあって、拡大に自信がありました。Sansanとしての投資も一気に拡大し、新規採用やSansanの営業メンバーの異動などを行っていきました。

 BizDev担当者を今後いかに再現性を持って増やせるかは、重要な課題です。事業開発という業務は特殊な仕事と思われる向きもありますが、とにかく情報を整理し、分かりやすく説明して人を動かすことに尽きると考えています。この訓練は実は日常でもできて、例えば「Slackで分かりやすく伝える」といったことでもその素養となり得ると考えています。

 加えて、やはり熱量を持ち続けられるかがポイントだと思います。「名刺」に興味を持つビジネスパーソンは多かったですが、「請求書」に興味を持つ人は少なかったという印象です。

 私は、経理出身だから「Bill One」を立ち上げられたのではなくとにかく「請求書に関わる非効率な業務を変えたい」と思えたので、サービスの立ち上げやBizDevを担うことができました。Bill Oneに関しては、この思いに対して共感できる方にBizDevを担ってもらいたいと思っています。


 今回取材した3社のBizDev担当者は、それぞれ全く異なる領域のSaaSに取り組んでいる。一方で「なぜ顧客に必要とされるのか」といった視点を考え抜き、プロダクトにつなげている点で共通している。

 スタートアップがシード段階(事業の立ち上げ前後)を超え、「シリーズA」といった本格的な拡大フェーズに入るためにはPMFが必要不可欠だ。この壁を突破するためのエンジンがBizDevといえるかもしれない。今もなお多くのSaaSが誕生する中、BizDevの注目度・重要性は今後も高まるだろう。

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