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急成長SaaSに「BizDev」の力あり その実態をSansanなど3社の事例からひもとく(2/3 ページ)

» 2022年11月11日 10時00分 公開
[早船明夫ITmedia]

イトーヨーカ堂ともタッグ 小売・流通業界EC化を狙う10XのBizDev

 Amazon.comや楽天などECが生活インフラとなる中で、日本における「生鮮食品」のEC化率は3%に満たないとの調査がある。これは、米国(12%)や中国(16%)などと比べても低い。

 裏を返せば、大きなビジネス機会が残っているともいえる。ただ、担い手となる国内大手スーパーマーケットやドラッグストア企業のシステム・オペレーションは、店舗販売に最適化されており、変革は容易ではない。

 一方、難易度の高さを承知でこの領域に挑む企業もいる。小売ECプラットフォーム「Stailer」を提供する10X(東京都中央区)だ。2017年創業のスタートアップながら、小売大手のイトーヨーカ堂にStailerを提供。ネットスーパー「イトーヨーカドー ネットスーパーアプリ」の運用を開始するなど、勢いをつけている。

photo Stailerのイメージ

 信用や実績が積みあがっていない新興企業が、なぜ、業界最大手の企業に食い込むことができたのか。この背景にもBizDevが関わっていた。サービスの立ち上げ期から「Stailer」のBizDevを担ってきた赤木努氏(同社Business Development)に話を聞いた。

 ―― 小売・流通業向けECシステムは、「管理部門」「小売現場」「消費者」「配送事業者」など複数のユーザーやモノ、オペレーションに対応する必要があり、開発難易度の高いシステムです。そのようなプロダクトを立ち上げるにあたり、初期段階の体制はどのように構築していったのでしょうか

赤木氏  私は、事業サイドの人間としては創業者に次ぐ“1人目BizDev”として入社しました。当初は、BizDevでの役割も明文化されていたわけではないので、まずは自身のミッションを定義することが最初の仕事となりました。10XのBizDevのミッションは「Stailer事業機会を最大化する」です。

 それを自分なりに分解し、(1) 小売企業がネットスーパーに関連してどんな課題を抱えているのか、解像度を高める、(2)サービスとして未完成の「Stailer」のバリュープロポジション(提供価値)を探索しプロダクトへフィードバックする、(3)Stailer事業を拡大していくために、まずは1社で成功事例を作る──ことが必要だと整理しました。

 10Xでは、事業を進めるに当たって「Why」「What」「How」というフレームワークを頻繁に使います。「Stailer」のBizDevに当たっては、このフレームワークを使いつつ、まずは「EC事業を通じて達成したいこと」を綿密に擦り合わせました。

 例えば「ECを通じてユーザーのロイヤリティーを高めたい」という要求が挙がった場合、「なぜロイヤリティーを高めたいのか」の「Why」にあたる部分をBizDevが固めました。これにより、プロダクトマネジャーやエンジニアなどのプロダクト部門が小売企業の考えや背景・意図を理解した上で何を(What)どのように(How)開発・提供するかを考えることができるようになります。

 「Stailer」はネットスーパー・ドラッグストアなどのEC立ち上げに特化したプラットフォームとして機能を提供しています。汎用的なSaaSと異なり、顧客から多くの要望を受けることもあるので、ともすれば受託開発のような関係になり得てしまいます。

 一方、その中でもプラットフォームとして汎用的に事業成長に資する普遍的な価値を出し続ける必要があります。そこで「いわれたものを作る」のではなく「なぜそれが必要なのか」「抽象的にはどういう課題なのか」という“Whyのレベル”で議論する姿勢を持ち続けることが重要です。

photo Stailerの紹介資料

 これによって「5年後にその小売企業が目指したい状態やその中でのECの位置付けを定義し、それを達成するために必要なサービス設計や機能を逆算的に考える」といった考え方が可能になります。長期的な目線で顧客とディスカッションすることで本質的な価値提供を行うことができると考えています。

 ―― 複雑性の高いプロダクトにもかかわらず、BizDev未経験の赤木さんが当初から役割を担えたのはなぜでしょうか。そして、いかにして業務範囲を広げていったのでしょうか

赤木氏  BizDevという職種の業務範囲は、会社によっても異なるので定義が難しいです。立ち上げ当初、BizDev未経験の私が注力したのは「良質なインプット」を得ることでした。

 「顧客に会いに行く」「現場を見る」などを通じて一次情報を得て、課題への解像度を上げることは事業にもプラスに働きました。顧客から得たインプットを、開発チームに対してフィードバックすることで、小売企業はStailerの何に価値を感じ、どんな期待を抱いているのかをサービスに反映させることができたと考えています。

photo 実際に10Xの社員が小売の現場を訪問する「現場デモ」の様子

 現在はもう少し役割が広まり、特定の小売企業が運営するネットスーパーの成長について考える役割を担っています。売上をどのように伸ばしていくか、エンタープライズとスタートアップが健全なパートナーシップ関係を構築するにはどうするべきか、などを考えています。

 プロダクトやサービスレベルが一定のレベルまででき上がってきた段階からは、Stailer事業をどのように拡大していくかを考える機会が増えました。事業が拡大するイメージとしては、水平(顧客の数)と垂直(1顧客に対して提供する価値)方向の2軸があり、双方も念頭に起きながら機会の最大化に取り組んでいます。

 ―― 「Stailer」は、リリース初期段階から小売流通業の最大手企業への導入が決まりました。スタートアップとしては好調な第一歩を踏み出せたと思いますが、その成功要因を教えてください

赤木氏 まずは、Stailerの前身となる献立推薦アプリの「タベリー」(現在はサービス終了)というプロダクトがあったことが大きいです。ネットスーパーアプリを立ち上げるという目的に照らして、すでに動くモノがあり、その上で議論を開始できたことが信頼につながりました。

 その上で「Why」について共通の視点を持てる顧客としっかりパートナーシップを組めた点が大きかったと振り返っています。

 イトーヨーカ堂は大手企業でありながら、経営者自身がネットスーパー事業を伸ばしたい、これまでの延長ではない取り組みを行いたいという課題感を持っていました。単にシステムを提供するのみでなく、プラットフォームとして事業成長にも伴走していくという10Xの特徴を評価してもらえたと考えています。

 今回のような経営マターにアプローチする上では、いかにトップと歩調を合わせられるかがスタートです。経営層と深く議論ができたことが、その後の事業成長にもつながっていると考えています。

 ――顧客の経営課題に対してディスカッションを重ねるのは難易度も高く、属人化しやすいように見受けられます。再現性のあるBizDev組織をつくるための取り組みや必要なスキルについて教えてください

赤木氏 この点はまさに直近で私が取り組んでいる最重要課題でもあります。1社目のエンタープライズ顧客獲得は創業者個人の力が大きいものでした。しかしこれからは、個人の力のみでなくチームで取り組む必要があります。

 ここでいうチームとは、必ずしもBizDevだけではなく、社内のあらゆる職種(プロダクトマネジャーやエンジニア、デザイナーなど)も含めている点が重要で、10XのBizDevはそうしたチームを束ねる役割も担っています。

 事業開発のプロセスを抽象化・組織化できるよう、商談への同席、資料への落とし込みをはじめ、顧客との初回面談の進め方動画の作成、これまでのフェーズや領域ごとの顧客課題候補を列挙した知見のシェアなどの取り組みを始めています。

まずは探索的な姿勢から BizDev人材に求める在り方

赤木氏 採用も積極的に行っています。候補者の方に常に伝えているのが、まず、10XのBizDevとして活躍するために特定の能力やスキルセットはあまり問題ではないということです。

 ネットスーパー・小売業界のDXに取り組むにあたっては、その時々で変わる顧客の課題に対して、必要な知識やスキルを体得し続ける意欲が一番重要と考えています。

 採用の選考プロセスで、仮定のケースに対するディスカッションを設けているのですが、ここでも重視しているのはきれいに資料をまとめる能力よりも「実際に現場でヒアリングをする」「サービスを使ってみる」という一次情報を集め、そこから自身で仮説を立てられる探索的な姿勢です。

 実際に「Stailer」の事業推進において、BizDevが現場に足を運ぶ回数は一番多いです。例えばネットスーパーの商品在庫に関する機能を準備している際に「店頭のキャベツの個数が理論値(システム上の数値)とどうしても一致しない」という事象がありました。

 何日も現場に足を運び地道に調べた結果、システム上1個で仕入れたキャベツを店頭では半分や4分の1にカットして販売するパターンもあり、理論値よりも店頭の数の方が少なくなることに気付きました。現場に行かなければ絶対に分からないトリックでした。

 小売の現場では当然のことかも知れませんが、システム上で現場の業務をどう表現するか、という点には多くの課題があります。私たちはこのようなリアリティーを踏まえて最適なプロダクトを提供するため、常にアンテナを張る必要があります。

 今回の例のように、解像度の高い現場感を持ちながら、パートナーである小売企業と二人三脚で長い目線での経営課題に向き合う。こうして新たな価値を築いていくことがStailerを手掛けるBizDevとしての醍醐味(だいごみ)と考えています。

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