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年6000万円のムダ削減した三菱重工の工場DX 元社会人野球選手が主導したAI活用のウラ側Google Cloud Next Tokyo ‘23(1/2 ページ)

» 2023年11月16日 15時00分 公開
[吉川大貴ITmedia]

 「担当者の暗黙知を基に手配していた結果、2020年度には月平均で500万円、年にして約6000万円の廃棄が発生していた。非常に高額な廃棄だった」──三菱重工業江波工場に務める福田さんは、工場で発生していたある“ムダ”についてこう振り返る。

 江波工場はかつて、ある薬品の需給調整に大きな課題を抱えていた。これまではベテランが自身の経験を基に発注していたが、性質上保存が効かず、効率的な需給管理ができていなかった。最も多い時には、金額にして月500万円ほどが無駄になっていたという。江波工場はサステナビリティーも重視しており、廃棄に伴う輸送などによって環境負荷が生じる点も問題だった。

 これを課題と捉えた同社は、AIを活用した需要予測で廃棄を減らすプロジェクトを発足。担当者には工場の生産管理業務に従事していた福田博樹さん(民間機セグメント 工作部 工務課)を任命した。しかし、もともとは社会人野球選手で、ITの専門知識もないことから「そもそもDXがどうしたら成功するか分からず、不安を感じたままのスタートだった」と福田さん。

松村一毅さん(左)と福田博樹さん(右)

 実際の取り組みはどう進んだのか。11月15日に開催したGoogle Cloudの年次イベント「Google Cloud Next Tokyo ‘23」(東京ビッグサイト)で、福田さんとその上長である松村一毅さん(同課長)が明らかにした。

保存しにくい「シール」が大量廃棄 江波工場の悩み

 三菱重工江波工場は広島県に位置する、航空機部品の組み立て工場だ。扱うのは大型民間航空機で、敷地面積は30万平米の大規模な施設という。

 江波工場が問題を抱えていた薬品、それは「シール」だ。といってもいわゆる貼ったりはがしたりするシールのことではなく、アルミニウム合金に塗ることで、腐食を防ぐのに使う液体のことを指す。アルミニウム合金は水分に弱く、結露などで生じた水分によって腐食する可能性がある。表面は化学処理で腐食への耐性を高めているが、穴を開けた内面や接合面などはそうもいかない。そこでシールが活躍するわけだ。

 一方で、シールは保存に難がある。有効期限があり、商品にもよるがおよそ10日から3週間程度で使えなくなってしまうという。保存に当たっては冷凍が必要だが、冷やしても期限が変わるわけではなく、タイムリミットを過ぎたら廃棄しなくてはならない。

photo シールの特徴

 しかも、部品への技術的要求から、解凍から数時間が過ぎたものは使えなくなる。平時は解凍から2時間後まで使えるが、それも気温によって変動する。例えば気温が25度を超える“夏日”には半減。解凍後1時間以内でないと使えなくなってしまう。

 一方、工場ではさまざまな工程で用いる欠かせない薬品で、枯渇すると業務が止まってしまう恐れがある。しかも、補修作業などで突発的に必要になることもあったので、在庫も多少は確保しておく必要があった。これまでは月にカートリッジ3000個ほどを発注していたが、有効期限の短さもあって大量に廃棄していたという。しかし、江波工場ではコロナ禍をきっかけに売り上げが激減しており、無駄の削減が急務になっていた。

データベースで予測も、所要時間が莫大に

 そこで立ち上がったのが、福田さんが主導することになったプロジェクトだ。実はこのプロジェクトでは、福田さんが担当する以前から既存データの集約が進んでいた。

 江波工場では現場の作業員に対し、シールを使うとき使用した時間や量を書き残すよう定めている。そこで手書きの書類を集計し、データベースとしてまとめることで、需要予測に役立てようとしていた。詳細な手法は伏せたが、このデータベースと実際の生産スケジュールを使ってある程度の需要予測を可能にしており、月500万円の廃棄額を月100万〜150万円ほどまで減らせていたという。

 しかし、この手法には欠点があった。シールに関する全ての情報を考慮できるわけではなかった点だ。例えばシールの使用量や使用時間を基にした予測はできても、シールの有効期限を考慮できなかった。有効期限を加味した予測を実現するには、まだベテランの暗黙知が欠かせなかったという。しかも予測には月40時間もの時間が必要で、業務の圧迫につながっていた。

AI活用に方向転換 「Vertex AI」活用へ

 このやり方では、継続的な改善にはつながらない可能性がある。そこで方針を転換し、AIを使った需要予測を行うことに。同じタイミングで、福田さんが担当者になった。

 AIによる需要予測を実現する方法はいくつかあったが、すでに社内でGoogle Cloudやオフィススイート「Google Workspace」を利用しており、米Google製品になじみがあったことから、同社のAIプラットフォーム「Vertex AI」を使う方針になった。

photo Vertex AI活用の流れ

 Googleの協力を得つつ、試しに2021年9月のデータを基にシミュレーションしたところ、これまでの手法より高い精度で予測ができたという。その後、福田さんが担当者になった22年2月から8月にかけてシミュレーションを実施。結果に問題がないと判断し、8月から現場に投入した。

 実際には、Vertex AIの予測結果に江波工場が独自に設けた係数を掛けて発注数を算出していたと福田さん。その結果、8月に発注した分が届く10月と11月は無駄なシールを減らすことに成功し、廃棄額が10万円前後まで減った。

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